2012年12月30日日曜日

振り返って

今年も実質今日で最後、明日早朝からお伊勢さん初詣のバスツアーに参加する。何十年も前から伊勢神宮初詣は東海道新幹線を利用して日帰りにしていたが、起業した会社から引退を決めた一昨年からバスツアーに切り替えた。最初の一昨年は31日の夜行日帰りで確か9千円だったと記憶する。安いのは有りがたいが、流石にきつい。昨年、31日朝出発でビジネスホテルで一泊できる1万5千円のツアーを発見して、こちらに切り替えた。

大晦日に外宮を参拝して元日内宮を参拝するのだが、今度は時間に余裕があり過ぎて、鳥羽の真珠センターや魚市場などしょうも無いところで下された挙句、鳥羽港から伊良子までフェリーに乗せられたりする。お参りを済ませ、孫どものお札など買い求めたらさっさと江戸に帰りたいのだがそうはいかない。昨年は新宿着が21時近くだった記憶する。

最も早く帰宅しても家には誰もいない。どうせ夕飯を心配するなら、サービスエリアの店が簡単でいいかもしれぬ。何れにせよ経済性(新幹線で日帰りすれば経費3万円では上がらない)を優先しているのだから、ツアーの内容に文句を言えた義理ではない。この初詣もいつまで続けるのかなぁと考えているが、今のところ決心がつかない。今回は、一番上の孫が来年高校受験なので、「よくお願いしてきてくださいよ。」と念を押されている。その伝からすれば来年はその弟ということになる。

先のことはあまり考えても仕方ない。出来ることは、何らかの理由で出来なくなるまで続ければいいのか。振り返って今年を思ってみよう。何よりも天地の神々とご先祖に感謝すべきは健康で過ごせたことだ。ひょっとすると丸1年間風邪をひかなかったようだ。医療費を詳細にチェックした訳ではないが、生まれてこの方風邪をひかなかった年は一度無い筈で、これは相当珍しい。仕事が無い代わりに健康おたくになった効果かも知れない。

これを健康と言っても、体力は順調に落ちているのを実感している。昨年も暮れに雪が多かったし寒かった。その寒さの中12月23日に三つ峠で山歩きをし、直ぐ29、30日と志賀高原でスキーをしてから、31日バスツアーで伊勢に出発している。今月寒さで家にちじこまっていたことと比べると別人の感がある。だから風邪もひかずに済んでいるのかもしれない。来年も只管健康に留意するだけで、無理をしないだけの人生としたらあまり面白くなさそうだ。

少しは楽しく面白いことをと考えましたが、相も変らぬつまらぬ話になってしまいました。来年も同様では困りますが、今のところいいアイディアはありません。にも拘らず、小生にとって唯一の楽しみであるこのブログにお付き合頂いたことを厚く御礼申し上げます。

末筆ながら、来年が皆様にとって良い年であることを願ってやみません。

2012年12月28日金曜日

たった一人での納会

今週は月曜日が休日だったことで週末が早く来てしまった。同時に世の中は御用納め、あっという間の1年間だった。昨年までは人並みに挨拶回りに行く先もあったが、今年は何もない。気楽と言えば気楽だが、世の中の動きと波長が合わないのも少しも気にしないと言えば嘘になる。仕方なしに昼飯時に一人で納会としゃれ込んだ。

現役時代は昼までに男子は挨拶回り、女子がオフィスの掃除をして寿司やサンドウィッチを買いに走り、1時前後から冷酒とビールで乾杯したものよ、と思いつつ一人淋しく和牛ステーキと赤ワインを1杯だけ飲んだ。これから毎年こんな事では味気なさすぎる。来年の暮れにはも少し賑やかになってほしいが少し贅沢かな。

本当は今年少し仕事を手伝ったNPOの友人二人と忘年会もしたかったが、今年はあれよあれよという間に御用納めになってしまった。友人二人とせめて今日の昼飯でもと誘ったが、二人とも忙しすぎて時間が取れない。今年は彼らの働きを間近に見てきたが、ある意味で驚異的である。何十年と関わってきた広告営業なるものが、如何にいい加減なものであったかを改めて思い知らされた。

NPOの目的は大学に眠っている研究成果を意欲ある企業(主に中小企業を目指しているが、稀に1部上場企業もある)に結び付けて実用化し、世に出すことにある。言うは易くしてとはこのことのようだ。世に出ず眠ったままの状態の研究成果も意欲的な企業も極言するとごまんとあることを先ず知った。しかし、実用化にのためにはフィージビリティースタディーと一口に言えば簡単に聞こえるが、企業側での更なる何重にも実証テストが必要となる。その度に開発した学者と企業側の合同検討会が行われるが、これを仕切るのが我が友人の大きな役目になる。

学者先生と企業側の拘るところが大きく異なるのは当たり前のこと。文書を保存するだけの小生には、試験結果の種類や検討会の議事録を見ても殆どチンプンカンプンである。ここを調整していくのだから体力知力共に相当ななプレッシャーの筈である。同時並行的に商品化のためには、市場分析の必要性も勿論ある。悪名高い許認可に関する役所との折衝、特許申請に関わる弁理士や弁護士との折衝も頻繁にしなくてはならない。

現在の同時並行で進行しているプロジェクトが数件あるので、友人二人は正に八面六臂の大活躍で東奔西走の1年だったと言える。しかもこの1年でNPOに入ったお金は雀の涙にもならないくらい。事業化されれば企業側からコンサル料が入ることになるが、全て成功報酬の形になっているので現時点では全て自腹である。事務局を仰せつかった小生は1銭も出していないし、むしろ代表を引退した会社に仕事を頂いてしまった。

来年は友人の努力が実り、いくつかの事業が実際に動き出しそうな気配がある。関連して小生にも新たな仕事ができる事を期待して新年を迎えよう。
相変わらず他人頼みの年の瀬だ。

2012年12月27日木曜日

正月は休みか?

サンデー毎日の人間にとって正月は休みとは言えない。しかし世の中の殆どがお休みになるので、暇つぶしを考えるのが却って面倒くさい。つい忘れてしまっていたが、もう明日で普通の会社や官庁は御用納めだ。ご用初めは5日と言う職場も多いので9連休になる人がきっと多い筈だ。関連して少し気になるのが、若い独身者のレジャー志向だ。全く大きなお世話だろうが、最近は車の運転はしない、酒は飲まない若い人が多いと聞く。給料が上がらない、上がりそうにないとなれば賢い選択かもしれれない。

それは良しとして、普段の休日もさることながら大型連休にはどんな行動をとるのか聞いてみたい。勝手に想像すれば、若くても結婚さえしていれば、二人でどこかに出かける相談になるだろう。まして子供もいれば(核家族であればなおさら)祖父さん祖母さんのところに里帰り行動が日本人の必然ようだ。最近はお父さんの実家にお母さんの実家と丁寧に廻る家族も多いようで、これには大型連休は最適だし、連休が経済をある程度活性化させる筈。

働き盛りの若い夫婦にとって、里帰りの経費は馬鹿にならない。祖父母はこんな時こそ溜め込んだ中から、若い夫婦にたんまりお小遣いを渡すべきだ。
問題は独身の若い人たち、いくら不景気だからと言っても、この間ずっと家でテレビを見続ける訳にもいかず、さりとて余りお金がかかることはしたくないと困っている人はどうするのがベストか?少なからずの人数だと思うが、テレビのコメンテータではないので適切な答えなりアドバイスは何もない。

思うに小生も諸般の事情があって、独身の若者と似たようなものだ。辛うじて大晦日から元日はお伊勢参りをし、2日に土産を家内の実家にご挨拶に伺う。お陰で3日間は潰せるが、年のせいかスキーに出かける気にもならない。残りの6日間は相も変らぬネット碁でもして過ごすしか考えられない。全く脳が無い話だ。現代の若い人にはきっと、我々の時代とは異なる安くて楽しい遊びがあるのかもしれぬ。教えてほしいものだ。

2012年12月26日水曜日

報道姿勢 何年経っても

このブログに態々1項を設けてマスコミ批判めいた事を書き綴っている。それは現代のマスメディアが社会の木鐸精神を忘れ、あまりに無責任無節操な報道をしているとの思いからである。ところが昨日たまたま昭和25年の文藝春秋新年号に掲載された豊田副武氏の手記を読む機会があった。豊田氏とは先の大戦終戦時(昭和20年)に帝国海軍の指揮命令系統トップである軍令部総長という地位にあった人である。

余談になるが、当時の陸軍のトップは阿南惟幾氏で彼は終戦当日に割腹自殺を遂げている。対するに開戦責任については罪が重いとされる海軍のトップ豊田氏は、極東裁判では戦犯容疑者として一旦逮捕されながらも無罪となっている。この辺の事情はまるきりの子供みたい存在であった小生には計りかねるので措くことにしたい。終戦に関する限り、敗戦已む無しの情報をいち早くゲットした海軍の方が、何となく要領よく立ち回った感が無いでもない。

豊田氏が連合艦隊司令長官から軍令部総長に就任したのは昭和20年5月29日、明らかに終戦工作向け人事である(と自ら書いている)。6月6日から天皇臨席のもと軍と政府のトップによって構成される「最高戦争指導会議」に出席。ここから実際の終戦8月15日迄、延々2か月半に亘る小田原評定が長引いた。その間に日本が被った損害を思うと慙愧に堪えない。己の組織を優先して国家国民を二の次に見た当時の指導者については言いたいことは山ほどある。しかし今日の趣旨とは違うのでここも省略しよう。

書きたいと思ったのは当時のマスメディアのことである。具体的には終戦を勧告してきたポツダム宣言についてだ。連合国側は、これを昭和20年7月26日に発表した。同時にアメリカのダレス国務長官が、スイスの駐在武官宛てに正式な申し入れを行っている。これを受けて日本で開かれた28日の最高戦争指導会議が、これを「黙殺」と決定。当日に鈴木総理の記者会見が開かれて、その趣旨の決定があったことを発表している。

当時の新聞まで確認してこなかったが、多分ポツダム宣言については書かなかったか、書いても政府発表の通り「こんなものは黙殺すべし」と書いたに違いない。マスコミは開戦以来大本営発表に沿って戦争報道を行い、国民を戦争に煽り立ててきたのも全くどうかと思う。これに百歩譲ったとしても、20年の7月の時点であった連合軍の勧告について、「政府が黙殺」と発表した時に誰一人質問すらしなかったのだろうか?

記者会見で政府批判は出来ないにしても、質問はできるだろう。「黙殺がどのような結果を招来すると予測しているのか?」位は聞いても罰は当たるまい。28日の時点で何らかのアクションが起こされていればあの原爆は?と考えても詮無いこと。現代は当時に比べれば言論の自由がかなり保証されている筈。「アベノミクス」と怪しげな言葉が踊るが、報道は殆ど権力にすり寄っている。総理記者会見でこれについて疑問を呈する記者が出ないのが不思議でならない。

2012年12月25日火曜日

クリスマス

今日はキリスト教のお祭りクリスマス。死んだら葬ってもらう墓が決まっている上に、娘たちの結婚式を神前にて行った小生からすると、世界最大か2番目の一神教の教祖様のお誕生日を人並みに言祝いで、ケーキでも食わせてもらえば有難いが、普段から甘いものを食い過ぎとて食わせてもらえなかった。残念なり。

キリスト様と娘と婿を契らせてもらった神様のどちらが偉いか、比較しても仕方ないかもしれないが、神様の方はお名前を忘れてしまった。娘は二人だが各々別の神社のお世話になっている。異教徒である小生が名前はおろか誕生日まで知っているのだからキリスト様の方が偉いのかもしれない。でも偉すぎて神頼みは何となくし難いし、してもご利益が薄いような気がする。

幼少の頃より何回となく、己の努力が足りないところを神様仏様にお縋りして凌いできたので、神社仏閣には祀られている主を知らずとも手を合わせたり柏手を打ってきた。でもキリスト教の教会があるからと言って、結婚式や葬式の用も無いのに扉をくぐった事はない。恐らく大方の日本人は皆同じだろう。

その罪滅ぼしで年に一度だけ、聖歌を聞いて祈る格好をつけていると考えれば辻褄が合いそうだ。善いか悪いかは別として、日本人の宗教心は本当にいい加減で無節操と言われても仕方ない。しかしその割には日本人がとりわけ野蛮かと言えばそうでもない。アメリカのように何億丁とも言われる銃が国内に氾濫する文明国の方が余程物騒で野蛮に思われる。

最近は少し乱れてきているとの指摘もあるが、日本人の礼儀の正しさ、丁寧な言葉遣い、公私のけじめ、他人への思いやり、自然に対する恐れ等々。宗教心がいい加減と指摘されても、宗教心があるとされるキリスト教徒やイスラム教徒に何一つ引けを取らないと思う。

ただ一つだけ少し問題かと思うことがある。我が同胞は、神様仏様を友人知人と同列に捉えるところがあることは多くの識者が指摘しているし、小生にもそれは否定できない。故に重要な意思決定をする時、どうしても他人の意見と目線が気になってしまう。常に己が宇宙でたった一人の絶対神と直接契約して繋がっていると思えば、もっと強い意志を発揮できるかもしれぬ。

残念ながらこちらは典型的日本人だ。

2012年12月24日月曜日

足るを知る

来週発足する自公政権の経済政策が非常に危なっかしいものであることは多くの人が指摘している。新しい与党内には多数の人材がいるのだから、中にはブレーキを踏む人も居るはずだが、組閣早々に10兆円規模の補正予算を組むことは間違いなさそうだ。口先ではばら撒きはしないと言いながらも、実際に予算を編成するのは官僚そのもの。実態的には彼らに予算を大盤振る舞いするのだから、一種のばら撒きとしか言いようがない。

受けて立つ官僚は待ってましたとばかりに己の田に水を引くことだけ考えることになる。この結果思わぬところで商売にありつく企業が出るのは当たり前。それをもって景気が良くなったとするならこんな楽な経済対策は他にない、誰にでもできることだろう。これはテレビインタビューに答えた市井の一老人の言葉である。只でさえ年間百兆円に膨れ上がっている政府予算を何の必要があってさらに膨張させねばならぬか。

入ってくる税の見込みがないまま徒に借金を増やす、現在の予算でも既に20兆円を超す費用が借金の利払いに充てられている事くらい小生でも知っている。借金を重ねるのは馬鹿な極道息子と相場が決まっていたが、これからは富山県警の警部補でもあるまいに、親父が借金をしまくると家族に向かって宣言しているようなものだ。とどのつまりに殺人を犯して自殺を図るなんて事態にならぬようご注意申し上げたい。

以前も少し書いたが、昭和20年第30年代と多くのご同輩同様貧乏な生活を体験しているせいか、年金暮らしになって諸事倹約するようになった現在でも、自分の生活に対する不満は全くない。現役時代に可能だったことも手元不如意になったら、しないで済むだけの話。その結果今までお付き合い頂いた方々から多少疎んぜられようと、そういう年齢に達したからと諦めればいいだけだ。しないで済むとはものぐさ太郎には有り難い話でもある。

この3連休はゆっくり寝ていたので小生は見ることが出来なかったが家内が、昨日の早朝5時から始まるNHK「演芸図鑑」の対談ゲストとして出演した作家の山本一力氏が良い事を言ったとのこと。即ち、日本人は昔から「足るを知る」価値観をとても大事にしてきた筈だが、最近この価値観が非常に薄れたと言うか忘れられている。聞いて尤もなことだと思う。

我が家のことはさて置き、この日本で新たに借金を増やしてまで手当をしなければならないこととは一体なんだろう?家にあるものを大事に使うように、国でも暫くは新しいものは道路やダムに限らず、一切作らない覚悟を決めると何か不都合があるのだろうか?

2012年12月23日日曜日

天皇誕生日

どこの家にも国旗は掲揚されていないが、今日は天皇誕生日の祝日。皇居には祝賀の人が大勢詰めかけているらしい。皆さん日の丸の小旗を持っていらっしゃるが、ご家庭の門前にも国旗を掲揚していらっしゃるのだろうか?アメリカあたりに行くと、なんでもない日にあちこちに星条旗が掲げられているのを目にする。あれも最初は不思議に思ったが、考えてみれば幼い頃からアメリカ人であることを意識させるには有効かもしれない。

幼稚園、小学校から大学は勿論、公共的な建物では毎日国旗を掲揚すれば善いと思う。しかし、なまじ文科省なんて役所があるので、却って学校ではやり難くそうだ。天皇の存在と役割については憲法で規定されているが、多くの国民はその内容を知らず、一人天皇陛下だけがそれを深く理解され、忠実にその役割を果たされていると聞く。察するに陛下には私人としての時間が殆ど無きに等しいのではないか。

満79歳になられた陛下は今年心臓の手術を受けられているし、身体も相当弱っていて不思議はない。周りの者どもも公務を少し減らすことを進言しているようではあるが、陛下はもう暫くこのまま公務を続けると仰っているようだ。直接存じ上げているのは昭和天皇と今上天皇のお二方だけだが、我が国の天皇陛下は、俗な言葉で言うと少し真面目すぎるかもしれない。

2670年以上の長年に亘り日本を作った神の代理人として、国家の祭祀を司っている自覚の成せることではあろう。だから拝むだけでも有難がる人が多いのだ。この雰囲気は日本人のDNAに埋め込まれた独特の宗教観から湧いているのだろうから否定しても始まらない。誕生日を寿ぐ気持ちは勿論あるが、お身体を大事にして頂きたい。憲法に摂政の規定がどのように書かれているか知らぬが、身体をいたわる意味からも皇太子に地位を譲られてはと思ってしまう。

論点が少し飛躍するが、天皇と皇室については様々な議論が絶えない。中には首相公選で総理を元首になんて意見もあるらしい。ここ20年くらいの首相を思い浮かべるとゾッとしないので、「何をぬかすか、この不逞者め!」と一刀両したくなる気持ちもあるが、天皇サイドから見るとこいつらも赤子の一人。無視はできぬ意見だろう。個人的には天皇陛下には京都にお帰り頂き、少し政府と距離を取られた方がいいとも思っている。

天皇制についての議論は結構だし、小生歴史は詳しくない。ただ思いはたった一つ、1945年の終戦で日本の独立が守られたのは、日本に天皇の存在があったればこそだ。これからどんな国難が襲ってくるか分からない。その時のためと言ってはあまりに恐れ多いかもしれないが、陛下と皇室の弥栄を祈念。

2012年12月22日土曜日

一陽来復

昨日は冬至、夕食前にゆず湯で暖まり、夕食では婿さんの実家から戴いた南瓜で作った自家製パンプキンスープを美味しく食べた。サラダもゆずの皮が入っていて非常に香ばしかった。風呂の中で黄色いゆずと皮がむけた白いゆずが混じっていたので不思議に思っていたら、皮を食用にするために意図的にしたのだそうだ。皮を剥いて冷凍保存するといろいろな料理に役立つらしい。

更に昨日は、少し仕事を手伝っているNPOでも極細やかながら年内に一定の仕事のけじめがつきそうとの報告があった。内容的には喜ぶには程遠いが、それでもけじめが着くだけでも善いではないかと思っている。タイトルに使ったように冬至は陰の極でどん底を意味したらしい。太陽暦の現在では冬はこれからだが、陽が数秒ずつ長くなるのだから少しは明るい気持ちなろうと思っている。

NPOの仕事も、来年は少しずつ社会に認められるようになることを期待したいし、そうなるだろうと思っている。それにしても昔の人はうまいことを言うものだ。太陽が再び戻ってくる日を意味するのだろうが、教養が無い小生はてっきり「来福」だとばかり思っていた。当然多くのお馬鹿さん達が小生のように考えることを前提に言葉を作ってくれたに違いない。

それに引き換え昨今の政治家の語彙のご粗末さだ。ここ数日何度も聞かされている「政府と日銀でアコードを結んで」とは一体何のことだろう?テレビでは「政策協定」とテロップを出してくれるが、だったらそう言えば良いではないか。余程後ろめたいので、昔あった車の名前なんかを持ち出して誤魔化そうとしているとしか思えない。日銀サイドの白川総裁も意気地がなさすぎる。中央銀行の独自性も矜持もあったものでない。サッサと白旗を掲げている様子で、こっちも見苦しい。

序でに言えば、過度の謙譲は傲慢に通ずと言うがこれもその通りだ。自民党の石破幹事長、二言目には「我々は民主党と異なり、野党の皆さんの声に謙虚に耳を傾け・・・・」と枕詞を使う。本当に謙虚な人が己のことを謙虚になんて言うか。細い目でしかも三白眼も珍しいが、喋る時に両手を前に出して妙に長い小指をひけらかされると気持ちが悪くなる人がいるみたいだ。

自分のことを棚に上げ、他人をけなす芸風も困ったものだ。折角の一陽来復を契機に芸風を変えることが出来ればいいのだが。雨も上がって陽が差してきた。カレンダーなどを差し替えることにしよう。

2012年12月21日金曜日

師走の三連休

普通の人にとっては一番忙しいと思われるこの時期に明日から3連休が入る。自分自身は関係ないとはいえ、周りで忙しく働いている人にとっては迷惑な話だろう。こういった事を法制化するのはどこの役所だろう?旧労働省か内閣府のどこかか、或いは総務省か、いずれも余りしっくりこないからどこか他の役所かも知れない。昭和天皇の誕生日は未だに昭和の日と称して祝日だし、大正節は無いが明治節も生き残って文化の日となっている。

現天皇が崩御されると12月23日は一体どんな扱いになるのだろう?こと祝祭日については担当部局がどこにせよ国会の認証が必要な筈だ。この決められ方を見る限り、如何に国会の審議が無原則でいい加減かが分かる。たかが祝祭日だからどうでもいいかもしれないが、少なくとも国民の目線に立った原則が無いのは明らかだ。今回の総選挙で自民党総裁や維新の石原代表は憲法改正を口にしている。

元々口先ばかり滑っているお二人だから目くじら立てても仕方ないかもしれないが、ひょっとすると駒が出てしまうかもしれない。自民党の草案なんて読んだことは無いが、ネットで見ると室井佑月さんなる女性タレント兼作家(逆かな)がかなり心配してくれている。一部引用させて頂くと・・・以下

>よくよく草案を読んでみると、憲法の第12条と、第13条と、第29条は、もともと使われていた「公共の福祉」という言葉が、「公益及び公の秩序」に変わっているのだった。ちなみに、第12条は人権保障についてで、第13条は人間の尊重について、第29条は財産権について。
 「公共の福祉」と「公益及び公の秩序」では、どう違うのか? あたしの解釈だけど、「公共の福祉」とは、集団で生きている中の道徳みたいなことじゃない? でも、「公益」とは国の利益のことだし、「秩序」とは道徳より厳しい、罰則もあり得る決まりのような気がする。
 自民党は国の権限を大きくし、そこに生きる人々のことは軽少にしていきたいってことなのね。そうそう、憲法第18条の、「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない」も削除したみたいだし。<

こちらは現憲法すら知らないのだからどうでもいいと言えばそれまでだが、5月3日の憲法記念日なる祝祭日はどうなるか、つまらぬことが気になってしまう。そもそも日本人の大部分が本心から目出度いと思う価値は一体なんだろう?150年ほど前までは盆と正月で、国旗こそ掲揚しなかったろうが国をあげて仕事を休み家族でご馳走か白米を食べたのではないだろうか。

現代は一方で景気拡大を叫んで企業の利益の拡大を図りながら、他方で労働者の賃金は低くなる一方のようだ。更には物価を意図的に上げるような政策を取りたいと言う。どこか核心がずれているような気がしてならない。


2012年12月20日木曜日

爽やか忘年会

昨夜は下町の鳥越神社近くのおかず横丁にある居酒屋でご馳走になった。夜台東区まで飲みに出かけるなんて何年振りのことだろう。その昔は下町情緒満点で夜も賑やかだったに違いないと思うが、何たる寂れ方だ。6時頃から熱燗をたっぷり飲んで9時過ぎに店を出てみると、極端に言えば通りに人っ子一人歩いていない。

店はこじんまりしているが、メニューの品数も酒の種類も結構豊富でマスターの料理も美味い。マスターはほぼ同世代、下町の居酒屋と言えば大概そうだろうが、奥さんと二人で切り盛りしているようだ。店の名前は「まめぞ」となっている。おかしな名前と思って案内してくれた友人に由来を聞くと、フランス語で私の家を「マ メゾン」と言うのでそこから取った名前だそうだ。下町らしからぬ洒落た名前に思わず笑みがこぼれた。

我々が6時頃から自公政権を毒づきながらおだを上げている最中に入って来たお客はたった二人だけ。マスターが気の毒だ。ホームページはないが雰囲気が善いので是非お勧めしたい。地図サイトhttp://www.mapion.co.jp/route/でおかず横丁で検索すると出てきます。勘定を払っていないので正確には分からないが、メニューを見る限りではそんなに高くない筈。単価千円以上の品の方が少なかったと思う。

後から来た客のうちの一人が、美人の女性一人。たまたま友人と少し顔みしりだったようで紹介された。初対面であまり深くは突っ込まなかったが、なんでもSNS(mixi)絡みでの友達らしい。もう少し若ければ「お一ついかがですか?」とちょっかいを出したくなる雰囲気だが、こっちは相当出来上がりつつあったし、飲みっぷりを盗み見れば彼の女性の方が強そうだ。おかしな気を起こす前にお先に失礼を被ったが、楽しいひと時だった。

しかし帰り道は鼻水が止まらない程寒かった。帰宅が10時半を過ぎていたので、婆さんから「遅くまでご苦労様、風邪を引かぬよう風呂を止めてすぐ寝た方がいいのでは。」と労われてしまった。一瞬そうしようかとも思ったが、身体がすっかり冷えていたので気を取り直して、一風呂浴びてよかった。熟睡して今朝起きると気分が爽快である。何年振りかで忘年会をした気分だが、現役時代と異なり朝の辛さが無いのは有りがたい。こんな爽やかな酒を飲めるのもリタアメントの特権と言えよう。

2012年12月19日水曜日

孫たちのこと

昨日は4歳の孫の幼稚園のクリスマス会。本当は観に行きたかったのだが、娘が言うには、どんな顛末にあいなるか、見当もつかないので不安。因って今年はお祖母さんだけにして。てなことで婆さんだけ行かせて頂いた。今朝顛末をゆっくり聞くと、10分と落ち着いているのを見たことがない孫が、同級生と一緒に壇上で歌を歌ったり(これが何と、Twinkle little starを英語でやらかしたらしい)踊ったりするのを見てすっかり感激してしまったようだ。

80歳の大変厳しいお婆さんが園長で、厳しすぎるが故に入園希望者が少ないと噂される幼稚園らしいが「幼稚園の先生方は本当に偉い。」と言うのだから相当感激したに違いない。今まで孫と小生は会話らしい会話も無く、我が家では二階から階段沿いにボールを投げるのを拾いに行かせて頂いたり、プラ電車模型遊びのお相手をさせて頂くのが精一杯で、歌を歌うことなど想像もできなかった。先生の仕切りで、予定された秩序ある行動がとれるとあれば、日本語の理解力もかなり上がっているのだろう。

考えてみれば今年の春、4月頃は未だおむつの心配をしていたのだから大したものだ。来年のクリスマス会を今から楽しみにしたい。何でも年長組で選ばれし子数名は、英語で挨拶したとのこと。(予め父兄にはプリントされた英文と和約が配られていて、園児一人の分量は勿論ワンセンテンスずつぐらいだったらしいが)これにもかなりびっくりしたらしい。外国人がたまに来るとは聞いていたが、幼稚園が英語教育の種を播いてくれたり、水泳に毎週連れて行ってくれるとは有り難いことだ。

先日来た時に「プールは楽しいかい?」と聞くと「うん、楽しいよ。」と答えていたので、もうギャー泣きして先生に迷惑を掛けることはなくなったのだろう。今日からもう冬休みで、来春になるとプールの母親参観が許可されるらしいから、報告が楽しみでもある。当初は、連れ合いも娘自身も、3年保育の必要があるのか悩んだらしいが、結論的には「団体教育でここまで立派に育てて頂けるとは思ってもいなかった。これでは2年保育で入ってくる子がいるとすれば可哀そう。きっと付いて行けないだろう。」

とのことで大正解としなければならないらしい。もう一家族の孫は、一人が高校受験を目前にして猛勉強中、一人は中2でバスケ部活動に夢中。祖母さん達が「バスケ部なんかやめなさい。」と盛んにちゃち入れるらしいが、「辞めないよ。だって楽しいんだもの。」と馬耳東風とのこと。今週の日曜行われた東京中体連バスケ部のホームページを見ると、彼の所属する梅ヶ丘中学バスケ部は決勝戦で敗れ、準優勝となっていた。大人も子供も楽しいことをするのが一番だろう。

2012年12月17日月曜日

選挙結果

結果は予想通り或いは以上に自公の圧倒的勝利となっている。地元の民主党候補を応援していたので少し残念な気持ちがあるが、民主主義は多数決を尊重することになっているし、そのこと自体は賛成なので厳粛に受け止めたい。
また来年の夏には参議院選挙があるので、圧倒的過半数の自民党もそんなに無茶なことは出来ないだろう。早速自公での連立維持なんて言っている。

公明党も何で自民党と一緒に居られるのかよく分からないが、宗教法人がバックであれば政権内部に巣食わないと何かと不便ではあろう。小沢一郎氏の存在感がすっかり失墜してしまったので、当分野党を纏める力のある政治家が出ない可能性もある。野党第一党の民主党は既に自民党野田派と言われるほどだから推して知るべしだし。個人的に好きではないが、橋下徹氏と渡辺喜美氏に頼るしかないのか。

歴史は後戻りすることはないと言われるが、今回ばかりは完全な先祖がえりであるのは明らか。これが短期間の揺り戻しでないとすれば、日本の針路はどうなるのだろう?対米追従は前内閣でも大差が無かったが、3年前の民主党第1期の頃には少し進路が変わるかと期待があった。この路線は当分望むべそうにないのは残念。徐々にアメリカの戦争にお付合いをせざる得なくなるのかと心配になってくる。

アメリカの若い人たちも、先週発生した小学校の銃乱射事件なんかをどのように捉えるのか知らないが、少し変わってくれることを期待するしかない。
しかし個人の自由と自立を原則とする彼国は、組織を貴ぶ我が国とは根本的に異なるところがあるので、期待する方が無理かもしれない。どこまでこの体制が持つかに依るが、経済的格差が更に拡大することと、それによって人間関係が微妙に変わり、社会がますますギスギスしてくることは心配だ。

安倍さんの教育や歴史に対する認識果たしてどの程度のものか分からぬが、衆議院だけで320人からの与党議員がいれば、そんなにとんでもない方向に行くことはないだろうと信じたい。日教組に問題があるようなことばかり強調するが、教育問題の根本は違うような気がする。子供たちも青年たちも大人の背中に学ぶことが一番多い筈。実の子に背中を見せたことがない安倍さんには少し分かり難いのだろう。

くだらぬ心配ばかりしても始まらない。自民党公明党の皆さん、日本を取り戻したのだから大いに頑張ってもらいたい。

2012年12月16日日曜日

総選挙と健康法

今日は衆議院選と都知事選の投票日、婆さんはこちらがまだ寝ている時刻、早々と7時少し前に投票所に行って投票してきたらしい。既に10人以上の人が待っていたとのこと。日曜日でも仕事に行かねばならない人もあるので、イライラしていた人もいたとのこと。それでも投票をする意思は立派なものだ。そういった国民の声が十分生かされるといいのだが、今の選挙制度については、死票が多いとか政策論議が深まらないとかいろんな議論があるようっだ。

この制度も回数を追って改善されていくだろうと期待するしかない。従って制度の問題に帰す訳にはいかないが、自公だけで320議席なんて予想まである。少なくとも解散少し前までに言われていた、過半数を占める勢力が無いので選挙後の政界再編は全く必要が無いみたいだ。来年夏の参院選まで参院で過半数割れしているので完全に思うがままでもないらしいが、もし320議席を取ってしまえば自公のやりたい放題だろう。

彼らのやりたい放題で国民がハッピーになればいいが、その保証はどこにもない。既に社会補償はもっと抑制的にあるべきだとか、インフレターゲットだとか年金生活者には恐ろしい言葉が踊り始めている。選挙が終わったら政治関連で面白いニュースが始まるかと期待したが外れのようだ。他人頼みはやめて、もっと自分でできることを真剣に考える必要がある。

今朝テレビを見ていると、職業を失うと家に閉じこもる人が70%を超すらしい。閉じ籠るには狭すぎる意味もあるが、幸いまだ家に閉じ籠ってはいない。もう一つ大事なことは男性高齢者の場合無駄なお喋りが少なすぎるとのことだ。それは確かに言える。いつもどうすればあのように下らぬことをピーチクパーチク喋るのかと苦々しく思っていた中高年女性の会話、これが精神衛生上も非常に良いらしい。

この放送で今日もこの日記を書く気になった。小生にとってこれが下らないお喋りの代わりになっているのは間違いない。

2012年12月15日土曜日

男はつらいよ

今朝早くまだ食事の最中に上の娘から電話が来て、来週のクリスマス会の案内状を届けがてら、お祖父さんに孫の子を久さしく見せていないので、これからそっちに行きますとのこと。土曜日のパターンは9時に家を出てプールに行くのだが、孫の顔を見ることができるならばそんなことはどうでもよくなる。孫が通う幼稚園はキリスト系の教会が経営するものらしい。

昔田舎にいた頃日曜学校に通った経験があるので憶えがあるが、来週の火曜日に娘宅と我が家の中間に位置する東武東上線大山駅近くに会場を借りてするらしい。日本語もやっと少し喋るだけの年少組にも演目はあるのだろう。両親の他に祖父母もご招待しますとの趣旨らしい。今年は孫の演技がどの程度か不安なので、お祖母さんだけに来てほしいのだそうだ。

しかし年内にお祖父さんにも顔を見てもらいたいとの嬉しいご配慮で、短時間ではあったが久しぶりに娘の家族と顔を合わせることができた。水疱瘡になったとか風邪を引いたとか聞いて心配していたが、元気そうで一安心。我が家に来るとお祖父さんお部屋に大好きなプラレールと電車の模型が置いてあるので、早速その電車遊びに興じてあまり会話ができない。

最初母と一緒に我が部屋に行っていたが、娘の方が出てきてしまった。どうしたんだ?と聞くと、電車の電池が切れて電車が動かなくなってしまったらしい。交換してやればいいじゃないか。と言うと、自分でお父さんに頼みなさいと言ってきたとのこと。理由を聞くと幼稚園で、親が余り手際よく子供の意思を汲み上げることを控え、子供に意思表示をさせるよう心掛けてくださいと言われているらしい。

結局孫は出てこなかったので、暫く動かない電車で遊んでいたようだ。同じクラスでも女の子は喋りが達者な子が多いそうだが、男子は平均的に遅れ気味だそうだ。我が孫は特に遅いのだろう。余計クリスマス会で孫の演劇を見たい気持ちになるが、兎に角今年は我慢して来年まで待ってくれとのこと。男はつらい。

暫くお茶をした後、娘家族と一緒に池袋まで出かけた。孫は一寸手を放すとすぐに駆け出すのでハラハラする。しかし交差点に来ると必ず立ち止まって、「右、左、右」と唱えながら首を左右に振る。心得ているのだ。しかし、母親がその前に「とまれ!」とか「ストップ!」大声をかける。こっちも習慣みたいものだろう。地下鉄のホームで孫が黄色い線から少し線路側に踏み出すと、母親がまた大声を出して「ダメ!!」と叱りつけた。

孫が小さな声で「大きな声で言わなくても分かっているよ」と言ったように聞こえた。婿さんが手を引いて母親のところに連れた行った時、こっちを見た孫の目に涙が浮かんでいた。転んでも滅多に泣かない子っだけに余計不憫だ。「あゝ、男はつらい」

2012年12月14日金曜日

情報操作

昨日「忠臣蔵」関連で高まったと思われる忠義の徳目について書いたばかりだが、昨夜NHKのBS「歴史ヒストリア」で同じテーマの放送があった。どうして忠臣蔵がこんなに国民的に人気が高いかを専門家が分析してくれた。

元禄と言えば関ヶ原の合戦から既に100年を経過し、社会が安定してきて武士の暮らしも段々苦しくなりつつあったのではと想像しながらである。戦争が無いのだから、武士の売り物はプライドだけな訳で、これを強固に支えていたのが善悪は別として「忠義」であり、被支配者もこのことは十分承知していた。昨日小生は不良就職浪人の集団暴行事件のように悪しざまに書いたが、松の廊下の刃傷事件以降既に当時の世論として家臣による敵討ちの期待が高まっていたようだ。

但し、大石内蔵助の偉かったところは世論に軽々しく乗らなかったことらしい。1年半以上の時間を使って、この騒動が武士の一分を立てる義挙に他ならないことを後世に残すため周到に準備を進めた。殿様の刃傷は何が原因かはっきりしないが、もとより厳しく禁じられている殿中での刃傷沙汰である。
しかも相手の老人は切りつけられても刀を抜いていないので、喧嘩とも言えない全く一方的な狼藉である。

一方的な攻撃にも拘らず相手を取り逃がして、自分は現行犯逮捕されてしまっている。武士とすれば相当にみっともない所業で、自然に考えればお上の処分自体(今風に言えば破産処理)は非難に当たらないだろう。ここからが大石の手腕を評価すべきところとなる。彼の立場は従業員約300人を抱えた地方企業の47歳かの代表取締役専務と同じ。破産処理と言っても、城の他に従業員の家屋敷を含む不動産全てを将軍に返却すると同時に、藩札を回収する義務もあったらしい。

当然、従業員の再就職を含む行く末についてもある程度の責任は免れないだろう。幕府(政府)の温情でお家再興(会社再建)できればとの思いもあって当たり前。しかしそれがなかなか難しいことと判断に至る。言えば殿の所業が筋悪に過ぎたのではないか。そこで殿の所業を喧嘩に仕立てた上で相手を殺す。そうすれば武士の一分も立ち、残された者どもの役にも立とうとの決心を固めた次第とのこと。

そのために彼は非常に巧妙な情報操作を行うのだが、これが悉く狙い通りとなり、後世に美談として伝えられることになる。彼が発信した情報は吉良邸の門前に掲げた文書以外にも多々あるようで、出演している早稲田の先生(女性)が詳しく解説してくれて大変面白かった。

2012年12月13日木曜日

「徳目」考

明日は、時は元禄15年極月半ばの14日、赤穂義士が吉良邸に討ち入り主君の仇上野介の首を取ったとされる日にあたる。と子供の頃から何回となく聞かされ、講談本や小説を何冊も読み、映画やテレビドラマを観ては感動したものだ。大石内蔵助は武士の鑑で日本人の誇り、対する吉良上野介はとんでもない大悪人と刷り込まれてしまっている。

元禄15年は1703年だから310年も昔の話である。それより更に遡ること1000年くらい、大陸からやっと文字が輸入された頃からの伝説が沢山伝わる国柄だから、不思議と言えないかもしれぬ。現代のようにマスコミが無い時代の出来事が、全く色褪せずに現代に生きていることには先ず驚かざるを得ない。褪色せずと書いたが、最近やっと疑問を感じ始めている。

芝居や小説の類ではなく、まともとされる歴史においても、伝承される事実は極く一部で、周辺の色付けによって相当な脚色があることを意識するようになったからだ。当然日にち場所まで特定されているのだから、当日本所松坂町の吉良邸で事件があったことを前提に少しひねくれて考えてみたい。

一人の老人(父だったか岳父だったか?)が身を寄せる松坂町のある大名屋敷に、当時不景気で江戸市中に沢山いたかと思われる食い詰め浪人(現代であればハローワークに通う立場だろう)数十名が徒党を組んで押し入り、乱暴狼藉の上その老人を殺害する事件が発生した。将軍お膝下を恐れぬ不逞の輩とて、捕えて調べると、全員旧浅野家家臣で死を覚悟して主君の仇討をしたと判明。司法の判定は勿論死罪である。

法務大臣の立場に誰がいたか知らぬが、当時こういった重い判断は政権を担当するお上のトップ将軍様がしたとされる。問題はここからで、当然のことだと思うが、メディアが未発達の時代だから事件がそう簡単に広く知れ渡ることはなかったろう。しかしウィキペディアに依れば、事件4年後には、この事件に題材をとった近松門左衛門作の人形浄瑠璃『碁盤太平記』が竹本座にて上演され、以降、浄瑠璃・歌舞伎の人気題材となり、数作品が作られる。

いつの世も小説家とか戯作者は庶民感覚を汲み取る嗅覚を持っているものだ。本格的流行は事件後約半世紀近くからで、明治なると絶対外れない題材と言われるまでになった。特に明治以降は上から下に至るまで全員が「義士」と呼んで美化してきている。「義」は当時から現代に至るまで日本人にとって最高の徳目とされてきた。このことはお上にとって実に都合がいいし、組織を統制する上でも便利に違いない。

歴史がどこまで真実か分からないが、我が国では「義」と言う味付けで処理される伝承が多い。しかし最近になって「仁・義・礼・智・信」以外に「侠」(縦ではなくて友のように横のつながりらしい)という徳目が中国辺りでは最重要視されることを知った。他に、同世代の人から「子供頃受けた教育の殆どをもう一度見直してみろ」とのアドバイスもある。いろいろ考えてみたい。

2012年12月12日水曜日

「驚」

昨日だったか、山中伸弥教授がノーベル賞を授与された後、感想を漢字一文字で表現するとどうなりますかと聞かれ「驚」と答えていた。ここ数日の大雪も、フィギュアスケートグランプリファイナルも、大谷君の日本ハム入団も、勘九郎さんの死も、今日の北朝鮮のロケット発射もにびっくりの連続なので、山中先生の応答はいつも軽妙洒脱であるばかりか、社会的にも絶妙のタイミングであることに感心するばかりだ。

望むらくは選挙結果で予想を覆す驚きの結果が出れば言うことないが、残念だがこちらは大方の予想通りになるのだろう。この齢になると何事にもびっくりしないようにしたいが「驚」は大事な概念かも知れない。考えてみれば人生は予定調和であっては面白くない。明日は何が起きるか分からないところに不安もあろうが、案に相違して楽しいことも面白いことも沢山ある。

それにしても北朝鮮のロケット発射についてはびっくりなんてものではない。これで、発射10分も経たずに我が国に着弾が可能で、戦争ごっこの真似が何の役にも立たないことがよくわかった。北も死にもの狂いなんだろうが、昭和20年初頭の日本と比較すれば、アメリカに対してある種のプレッシャーをかけている意味で、まだ現在の北朝鮮の方が頑張っていると言えるかもしれない。尤も国民はたまったものでないことでは一緒だろう。

日米韓3か国が協力して見張っていた中での今日の発射だ。親分アメリカの偵察力は衛星からの監視だけではないと思うが、一体どうなっているのだろう?

2012年12月10日月曜日

冬来る

今朝の気温は都心でも3℃、と言えば真冬の寒さだ。冬来たりなば春遠からじで、冬は冬らしいのが善いかもしれぬ。個人的な事を考えると、今年はいろいろな面で緩い坂道をゆっくり降っている実感が湧いてきた年だったような気がする。山歩きに例えれば、幾つかの山頂はとっくの昔に踏み終えて降りにかかって10年以上、やっとこの道が山麓への一本道だったことに気が付くようなものだ。ひょっとしたら昨年ぐらいまでは、もう幾つかピークが現れるかもしれないと思っていたのかもしれぬ。

昔は地図を持たずに山を歩く悪い癖もあったが、我が人生は正に同じことかもしれぬ。恐らく大概の人は似たようなものだろう。これからは降り道の心地よさを満喫しながら更にゆっくり歩を進めることにしたいものだ。小生にとって平成25年の太陽が何時くらいに位置しているか分からないが、少なくとも今のところ陽は未だ明るい、3時か4時くらいにしておきたい。しかし外を見ると既に真っ暗だ。冬至まで後12日、日が暮れるのがめっきり早くなった。

2012年12月9日日曜日

元気を出そう

朝起きて顔を合わせるなりいきなり言われた。「政治家が馬鹿ばかりなので政治にはうんざりだが、明るい話題を提供してくれるのは若いスポーツ選手ばかりね。」だそうだ。アイススケートのグランプリファイナルで日本勢が活躍し、スピードスケートやスキージャンプでも日本の少女が活躍したかららしい。それはそれで結構だが、選挙も中盤戦でいよいよ佳境かと思うが、トンネルの事故とか大荒れの天気とかで、政治関連のテレビについぞお目に掛かれない。

婆さんが「見てもくだらない。」と意識的に他の番組ばかり選んでいるせいもあるのかな。もう意思決定しているのでこちらは不都合はないのだが、ちと寂しい。投票用紙が来なかったので気になっていたが、昨日やっと届いた。16日はすることが決まっているので、今週の前半には期日前投票を済ますつもりだ。昨日は長野高校の東京同窓会に出席。首都圏在住の同窓生が150人ほど集まった。我々は昭和34年卒業であるが、かなり名簿の上、即ち年寄りの部に入っている。

10年先輩の方が出席者中の最長老だったのだろう。校歌斉唱の音頭を取られ、その声の大きさと若さは感動的だった。立食のテーブルが6年先輩の方同席、我が世代と同様ほぼ400人卒業で亡くなられた方は約100人程だろうとのこと。5人いらしたが、やはり全員お元気で楽しそうに話をしながらお酒を沢山召し上がっていた。それを見ているとこちらも元気を貰うような気がする。

地元から来られた校長先生のお話では、難関大学への進学率が松本深志を抜いて県下1位に復活したとのこと。何でも東大への入学人数かで、全国でも50番前後らしい。今や上位校の殆どが私学で公立では結構いい線いっているとのこと。己とあまり関係が無いと思うが、婆さんが浅田真央の優勝に感激するようなもので、何となく嬉しくなってくる。但し、在校生の45%ぐらいが女性と聞くと複雑な気分になるのは否めない。

2012年12月7日金曜日

愛国者(patriot)?

明日の開戦記念日に日記を書けないので今日のうちに一言書きたい。大東亜戦争は私が誕生した翌年満2歳にならないうちに始まり、学齢にも達しない満5歳で終わった。しかし戦争については沢山の記憶を持っている。父が遥か南洋のバリ島と言う島に出征したこと、疎開のつもりで越した長野でさえ敵アメリカ機の空襲があり、更に山裾に逃れて一夜を過ごしたこと、終戦と同時に父は音信不通となり、母は半分その生存を諦めかけたこと等々である。

同年齢でも満州や朝鮮にいた人達、大都市在住で空襲に被災された方々に比べれば比較にならぬほど安全でのんびりした生活ではあったと思うが、それでも戦争と敗戦によって与えられたインパクトは強烈なものがある。我が両親がアメリカ人であったら、結果が勝ち戦になるので印象もかなり異なるかもしれない。敗戦は物心つかない子供の心さえ少し傷つけたかも知れない。
しかし、基本的には勝ち負けの世界だから今度戦う時に勝ちさすればいいじゃないかぐらいのことで、大分後まで戦争を詳しく知りたいと思っていた。

いつの時代も同じであろうが、庶民は今日と明日の暮らし、即ち何を食うかが第一であり、子供は第二も第三も無い。昨日までの戦争のことなどすぐ忘れたし、丸五年間父親がいないことも不思議に思わなかった。余談になるが、半分死んだと思っていた父は、幸いにも終戦二年後の春に突然帰ってきた。
あれから70数年か、それを記念すべきかどうかは別にして開戦の日が明日になる。日の丸を掲げて祝ってはいけないだろうが、日本人全員があの戦争に思いを致すことが必要ではないだろうか?

尊い命を落とされた300万人を超えるとされる方々や遺族の方々には誠に申し訳なく残念ではあるが、小生は今、結果的にあの戦争に負けてよかったのではと思うようになっている。負けたから徴兵にも取られず長生きできたとのケチな話ではない。富国強兵で突っ走ってきた日本が終戦から67年、少しアメリカの手先として戦争にコミットしてはいるが、概ね戦争をせずに今や独立国としての地位を保っている。

識者に言わせると世界的にも稀有なことらしい。願わくば子や孫の時代も同じであってほしいものだ。領土も大事かもしれないが、そのため意味なく殺されたり殺人をするよりは、極論して領土なんかに拘らない方がいいかもしれない。貧乏は殆どの人が我慢できるだろう。国の平和を維持するためには、国家指導者の並々ならぬ政治的手腕が必要であるのは分かるような気がする。

たまたま北朝鮮のミサイル発射準備にかこつけて子供の戦争ごっこみたい騒ぎが持ち上がっている。マジなのか冗談なのか分からないが我が国指導者の思考回路を疑いたくなる。

読後感「デフレの真犯人」北野一著

読んでも分からないくせに経済関係の書物にまたまた手を出してしまった。預貯金も殆ど無くて、デフレを心配するのも漫画チックだと自分でも思う。案の定、内容については消化不良もいいところだが、アリバイ作りで一応何か書きたい。

先ず著者の職業は所謂経済学者ではない。JPモルガン証券株式調査部の日本株ストラテジストと紹介されている。会社自体は日本の会社らしいが、どんな職業か想像がつかなかった。投資家に損をさせないようアドバイスするコンサルタントのようだ。勿論実務経験もある。

いきなり結論を書くが、著者にも真犯人は分からないようだ。従ってデフレ脱出の妙手は当分見つからないことになるのだろう。非常にざっくりと犯人臭い奴を一人あげるとアメリカ経済かもしれない。「アメリカがくしゃみをすれば日本は風邪をひく、アメリカが風邪を引けば日本は肺炎」はかなり前から知られた喩えではないか。

この本を手にしたきっかけは著者が「安倍自民党総裁の金融政策は正しいのか」という問いに対して寄せた一文を読んだことにある。同じ質問に数名の経済学者が答えているが、多くの回答はやや否定的だ。しかし誰もが、「それでも正しいと言えることに繋がる可能性は否定できない」とまるで蛇かミミズか分からない回答をしている。

著者の北野氏はこの質問に対して一切回答をしていない。そして日銀の金融政策がここに来て報道でクローズアップされていることに疑問を投げかけ、本書を読んでくださいと宣伝をぶちかまし、その宣伝にうっかり乗せられてしまったのである。結論的には、円高やデフレの責任を日銀に押し付けても始まらないとのことだろうが、そりゃそうだろう。問題は誰が解決策を持っているかだが、それは特定されていない。

要は、解決策なんて無いのではと思えてくる。代わりに少し分かったこともある。先ずデフレの対語になっているインフレの意味である。これが意外に重要で、日本のインフレ率が常にアメリカのインフレ率-2%になっていること。因果関係は別にして事実が継続している。故に先ほど書いたように日本のデフレ脱却はアメリカ経済次第となってしまわざるを得ない。

もう一点言うと輸出産業が苦しんでいるとされる円高の問題である。実質実効円相場で見ると現在の80円も2001年の125円も同等になること。マスコミが大騒ぎするほど誰も困っていないのかもしれない。公定歩合や国債金利にインフレ率やら難しい計算式が沢山出てくるが、皆すっとばして感想を書けば、思った通りで騒ぐほどのことではない。


2012年12月6日木曜日

師走の風景

巷には宅配便と選挙の街宣車が走り回って慌ただしい雰囲気だ。年金で辛うじて生きている身なので実感が無いからかも知れないが、不景気という言葉について疑問を抱かざるを得ない。夕べなんぞ宅配便の配達が夜の8時頃あった。対応した婆さんによれば「まだこんなに残っているのですよ。」と伝票の束を見せつけられたそうだ。いくら歳暮のシーズンに入ったからと言っても、本当に不景気なら物流がこんなに活発になる筈もあるまい。

数日前のことになるが、公務員住宅の家賃がほゞ2倍になるとの報道もあった。これまでかなり安い家賃であったにせよ2倍とは、ゼネストが起きても不思議はないと思うが、これに関する後追いのニュースを聞かない。公務員の子供だっただけに、今の公務員はそんなに余裕があるのかと変な安心感を持ってしまう。小泉内閣時代の構造改革で日本社会は経済的格差が拡大していると聞くが、ウィークデイの昼間に街中で見かける老人連中は誰が金持ちで誰が下層階級か見分けがつきかねる。

同じ観察眼を以てこちらを見ても、経済階層の奈辺に属するか見当つけるのは難しいだろう。個人的には、日本は相変わらず羊羹型社会に思えてならない。尤も、本当のお金持ちはその辺をうろうろなんかしていないのかな。でも先週帝国ホテルに行ったが、ここでも日本人は皆似たように見えてしまった。婆さんに言わせると「最低!」と切り捨てられる日本の政治家であるが、今回の選挙をに立候補している面々の人相、有権者に訴える内容、これらも全て羊羹型に見えてくる。

ここ10年か20年くらいの間、収入が飛躍的に増えた人が殆ど無く、大部分の人が贅沢を慎み、平均的に少し貧乏になっているならお歳暮の数も大幅には減らないし、師走の街の風景にも大きな変化はないのだろう。10日先の投票結果で、党会派の優先順位は多少入れ替わるのだろうが、大多数の人間にとって如何程の変化がもたらされることになるか。殆ど何も変わらないと思うのだが、そうなったらなったで喜ぶべきか残念とすべきか悩ましいことだ。

このように極めて平和な日本をメンテナンスしてきたのは一体誰と言えばいいのか?政治的に言えば基本的な骨格は自民党が作ったようにも見える。しかし笹子トンネルではないが、自民党が官僚に丸投げして作ってきた国家も経年劣化してきているのは否めない。これから先は自由主義路線を行くか民主主義路線を選ぶか本気で考える必要もあろう。どちらを選ぶにせよ、軌道に乗るまでこちらが生きていられるかどうかは分からない。

2012年12月5日水曜日

映画感想「三等重役」東宝昭和27年の作品

夜テレビを観ようとすると選挙関連の話題が多くてつまらない。そこで昨夜はNHK衛星放送で1952年に製作された映画「三等重役」を観た。当時は最大の娯楽が映画だったので、祖母に連れられて西部劇や時代劇は見せてもらえたが、このように大人向けの娯楽作品には縁がなかったようだ。ストーリーはドラマ性に乏しく、喜劇としてもそんなに面白いとは言えない。役者も現代的に言えば大物が沢山出演している。しかし演技については批評できるほどの見識が無いし、素人感覚で言えば大部分は「くさいなぁ」と言いたくなる。

画面は白黒、繋ぎ方も1秒か2秒真っ黒の暗転があったりして、上手い下手以前に時代を感じさせるものがある。しかし終戦から7年目、小学5年生の時に作られた映画である。ずっと引き込まれて見入ってしまった。何よりも記憶の底に眠っていた当時の風景風俗が鮮やかに甦ってくるのが、何とも言えないくらいに心地よい。タイトルの「三等重役」が示すように、当時の流行作家源氏鶏太の人気サラリーマン小説がベースになっている。

背景は架空の田舎町だが、心象風景はこちらの記憶と一緒である。会社の偉い人でも家に帰ると和服の下にラクダかメリヤスのアンダーシャツがのボタンが覗いている。会社の女子社員は皆スカートにブラウスの洋装だが、男子社員の奥さん連中が外出する時は全員和服姿である。この町の最優良企業が舞台だから当然だろう。面白いし、そうだったと思い出させてくれたのは、本社にも東京の出張所にも「給仕」がいて、お茶を汲んだりしていること。

確かに小学校時代は職員室にそれらしき学生さんがいた。こちらの記憶には全くないが、さもありなんと思ったのは、社長が東京出張の際に妾を同伴して、帰りに箱根でゆっくりすることを企てること。この社長の妾を演じる女優が藤間紫、これが何とも妖艶で美しい。昔猿之助、今の猿翁が浜木綿子みたい美人の妻を振って、何であんな婆さんと引っ付いたのか、不思議でならなかったがやっと納得した。

ストーリー的に面白くないみたい書き方になったが、描かれた終戦から10年足らずの日本社会を形作っていた様々な人間関係、或いは家庭、或いは会社、或いは飲み屋、そこで織りなされる人間模様は思いのほか明るい。戦後10年を経ずしてこういう娯楽作品を生み出したエネルギーはどこから来たのだろう。現代のテレビドラマ映画は先ず見たことがないので当たらぬかもしれないが、映像はやたらに明るいが、後味が暗いものが多いように思う。

暗いと思って忘れていたあの時代の、何か大切なものを思い起こさせて貰った気がする。

2012年12月4日火曜日

師走の反省

月捲りのカレンダーも最後のページになってしまった。何もしていないのに時の速さは増す一方である。我が人生もこれから先どのような道筋になるのか、考えるだに恐ろしい。では考えなければいいじゃないかと思うのだが、そう思うことが既に考えている証拠だ。子供の頃から遊ぶことだけは得意で友達も沢山いた。今では昔のように「遊ぼうよ。」と声を掛けてくれる友達も極めて少なくなった。

先週には、社会に出てから親しくさせてもらい、仕事を離れてお付き合いを続けさせて頂いた方のご遺族から喪中挨拶を頂いて愕然とした方が二人もいた。年を重ねれば当然のことで、何れはこちらに順番が回るのだろう。一昨日の早朝NHKの「演芸図鑑」の中で『死ぬなら今だ』との落語をしていた。朝っぱらから縁起でもないなと思ったが、話自体は結構明るいのでほっとしたところだ。

後期高齢者になるまで残すところ2年半、先日も元気な高校同期生が集まっておだを上げたが、殆どが80歳までは生きるつもりでいるらしい。勿論生きたい気持ちは同じだが、何をするためか、どのように日々を過ごすかと考えると、答えが見つからないで困ってしまう。ここまで書いてその数日前大学同期会の話を思い出したので、話を大きく飛ばす。

一人の友人が言った「今の学生の考えが我々と異なるのは仕方がない。」曰く「我々の時代は卒業して就職さえ決まれば、その後の全人生をその企業に預けて生涯を全うできると考えたものだ。しかし現代はそうはいかない。例え今超一流とされる企業であってもいつ潰れるか、或いはリストラされるか分かったものじゃない。」トヨタやパナソニック、都市銀行に電力会社、言われてみると成程と思うところがある。ここから先、我々と比較して何れがハッピーかについて少し議論が分かれた。

学生に限らず今の若い人たちは、かなり若い時から将来を真剣に考えている節がある。我々のように昨日の延長に明日があると単純に考えずに、行く末の可能性とか不確実性を教えらずとも感覚的に分かっているのではないだろうか。当然ながら結果的に明日とか将来を自分で考える力もついてくるだろうし、チャレンジ精神が旺盛になるかもしれない。

若い人を可哀そうだとか、困ったものだと言う前に己を反省した方が良さそうだと話が落ち着いて大笑いだった。この年の瀬に、これから如何に生きるべきかみたい寝言を書き始めて、この会話を思い出し反省しきりである。

2012年12月3日月曜日

何事も想定の範囲

中央高速のトンネルで遂に大事故が発生した。今年もバスで何回も通った道だけに他人事でなく思う。人間が作った構造物が原因は何にせよ、いつか壊れるのは当たり前のこと。原発、トンネル、橋梁、鉄道に飛行機何一つ例外はあるまい。地震雷台風豪雪豪雨天災に事欠かない我が国である。今回の事故に遭遇された方は実にお気の毒であった。しかし新幹線の海底トンネルで崩落が起きたらどうなるだろう?

考えるだけでも恐ろしいが、全くあり得ない話とするわけにはいかない、少なくても小生には全て想定の範囲。願わくば事故発生のときその場に居合わせないよう神仏に祈るしかない。北朝鮮がロケットかミサイルを発射の予告をしただけで、自衛隊に防衛出動なんか命令するより、笹子トンネルの救援に出動させる方が余程意味があると思ったが意外と簡単にはいかないらしい。

友人の一人が言うには自衛隊も自然災害であれば出動要請しやすいらしいが、民間の事故に対して出動させるのは難しいらしい。しかし御巣鷹山日航機墜落の時は自衛隊が活躍していたから、全く駄目ではないと思う。高い銭を出して買った(買わされた)役立たずのミサイルなんかをこれ見よがしに展開するなんて、悪い冗談としか言いようがない。おまけに、拉致被害者家族が期待していた局長級会談まで棚上げしてしまう。

民主党内閣も自公内閣に引けを取らないくらいアメリカの言いなりは既に明らかになりつつあるが、オスプレーの訓練開始も同様で、もう少し国益の観点から問題の軽重を考えてもらいたい。社会のお荷物になり始めている爺が、己の余命よりもっと寿命が短そうな内閣にいちゃもんを付けても始まらないか。明日からはいよいよ衆議院議員候補者選びが始まる。我が東京10区には小林興起氏のポスターがべたべた張られているが、聞けば彼は急遽愛知13区から出馬と決まったらしい。

果たして明日はどんなポスターが出そろうことやら。まだ出たい人が沢山いるから救われるが、孫たちの代になったら、出ろと言っても出る人がいなくなってしまうのが心配だ。少なくとも我が孫は「総理大臣?お祖母ちゃんそれだけは勘弁してくれ。」と言ったとか。
今回の選挙は「消費税増税法案が成立したら、必ず国民の信を問います。」国民とのとの約束で行われることになった。となると問われた我々は先ずその消費税増税について答える必要があるのかなと思うが、人それぞれだろう。

2012年12月2日日曜日

慶応義塾ってスゲー

昨日もそんなに忙しくなかったので少し書こうかなと思ったが、何故かパソコンが妙に重い。パソコンにもバイオリズムみたいものがあって、今日は不機嫌なんだろうと察して機械を1日休ませてみた。気のせいか今朝は普通にサクサク動く。多くの方が同じ経験をされていると思いますが、理由が分かる方には是非ご教示願いたく存じます。

一昨日の夜2年振りで大学の学部同窓会に出席してみた。慶応の文学部であるが入学当時の募集生徒数が確か600人だったような記憶がある。高校から上がってくる生徒が計算に入っていなくても精々650人前後であろう。
だが、一昨日の同窓会出席者はたったの11名。幹事の挨拶を聞くと、前年の出席者が20名ほどで、そのうち2名の方が今日までに亡くなられたそうだ。1年間に2名の方の葬式に参列するのは辛いものがあるとのことだ。

中学高校までは学校と行っても勉強と遊びが相半ばしているので、友人も沢山出来るし、友人同士の絆が強い。大学ともなると互いに人生の目標が定まりつつあるせいか、部活とかゼミのように同じ目的意識を持った仲間の絆は強いが、学部なんてものは、今進行中の選挙における政党のようなものだと思う。目的なんぞは二の次で取り敢えず当選(入学)できそうなところを選んでいるに過ぎない。但し学友名誉のために言えば、飽く迄個人的な感想。

だから学部同窓会なんぞ最初から無視して掛かる人が多いのは当然だろう。小生はたまたま同級生で学年幹事をしている友人と個人的に知っていたので、誘ってもらうことができた。もう大分前になるが最初に参加した時は、初対面の挨拶代わりに必ず「ゼミはどちらですか?」と聞かれ、ゼミを取れなかった者として常に恥ずかしい思いをしたものだ。勿論部活に関しても同じことである。でも流石こんな奴でも残り11名のうちに入ると同志扱いをされるので嬉しい限りだ。

やはり健康で長生きは有りがたい。序でに友人幹事の挨拶から面白い話を一つ。この友人1部上場企業の社長まで登りつめたが今や悠々自適で同窓会活動に力を入れている。昨年我々の卒業50周年を記念して各学部の幹事が母校への寄付を決め、文学部の目標3000万円に決まったらしい。友人はこの活動に力を入れ、あらゆる友人に寄付依頼をした結果、今日までに4300万円に達したので目標を5000万円に上方修正するのでよろしくお願いとのこと。

700人いたとしても1人平均7万円以上、自分のことを思うと恥ずかしい限りだが、不景気と言われる日本にも金持ちはいるものだ。やはり慶応義塾は素晴らしい。彼とは友人関係にはなかったらしいが、お願いの手紙2本で100万円を振り込んできた人がいたそうだ。彼の名前はニュースキャスターの森本毅郎さんとのこと。

2012年11月30日金曜日

選挙

昨日は都知事選、来週には衆議院選が始まる。立候補者のうち、都知事または議員に当選した暁になすべきことについて明確な信念を持っている人間の割合は如何なものだろうか?それぞれ公約を掲げているのだからしたい事はあるだろう。しかし当選してしまえば個人的にせよ、所属の政党にしても公約を果たせる可能性が極めて低いことは大分学習させてもらった。

まして今回は2ケタを越す政党が乱立している。最右翼を自民党とし、最左翼を共産党としても掲げている公約も似たり寄ったりだからいいのかもしれないが、前回の民主党、その前の自民党のような大勝はどの党にとっても望むべくもない。元来日本人は中庸を貴ぶ精神が強いので、大勢の人間が投票する限り極右極左に振れる心配はないだろう。

選挙をめぐりマスコミ報道は過熱し、立候補者はそれなりに大変だろうが、考えようによっては一種のお祭りみたいものではなかろうか。選挙期間中は神輿が沢山繰り出し町を挙げて大騒ぎになるが、祭りが終われば町は元の木阿弥で静かにならざるを得ない。選挙特需で動く金(別に汚いものではない)を考えると、祭りの最中儲ける奴もいれば、金を使い果たす馬鹿?もでる。

こちらはとしてはごく近い民主党議員の事務所開きに雀の涙ほどの献金をして、後は高みの見物で結果を楽しむしかない。この議員は多分落選するだろうと思っている。比例で救われればハッピーだろうが、そう上手くいくかどうかだ。自民党が第1党に躍り出ることになっているらしいが、果たしてどうなるのだろう。維新も余り好きではないが、これもどこまで行くのだろう。

日本未来には大いに期待するが、維新を上回ることができるのか。民主にしても第2党を守り切れるかどうか。3位以下なら自民党に吸収されやすくて幸いと思っている節さえ伺えてしまう。競馬競輪は一切しないし、着順予想なんてしたことがないが、きっと同じような楽しみがあるのかと思ってしまう。昨日はインターネットで競馬のパドックみたいイベントがあったようだ。

リアルタイムで140万アクセスがあったそうだ。これがテレビ新聞で増幅されと視聴者は相当な数だ。素人がパドックで馬を見てどの程度走りを予想できるか知らないが、プロには分かるらしい。選挙の世界でもプロを自認する政治評論家が予想屋よろしくいろいろ言っている。勿論聞くつもりも観るつもりもない。

選挙イベントは結果だけが楽しみだ。結果がどうあれ選挙後の世界に大きな変化なんかある筈が無いんだから。

2012年11月29日木曜日

人間生まれつき

4歳になったばかりの孫が水疱瘡に罹ったそうだ。一昨日から今週一杯は幼稚園を休まなければいけないらしい。今日は母親が幼稚園の保護者会に行かなくてはいけないので、婆さんにベビーシッターの留守番ヘルプを求めてきたとのこと。今夜の食事は孫のために昨日から作っていたカレーライスだそうだ。

少なくても老夫婦二人になってから家ではカレーを作ったことがないとのこと。昼飯にあちこちのカレーを食べ歩いているのを知っているので、「今日の昼にカレーだけはやめてね。」言われている。カレーとかすき焼きは家庭によって作り方が千差万別とされるので我が家の味が楽しみでもある。人間は生まれた時に個性なんかない、と解剖学がご専門の養老孟司先生だったと思うが書いていたような気がする。

個性は全て誕生後の学習によって作られるとのことだ。しかし夕べ孫の話から娘の子供時代のに話が及び、我が年子の娘の個性の違いは本当に誕生後の学習の違いだけだろうかとの疑問に至った。僅か1年半ほどの違いでの誕生なので、母親としては殆ど同じような育児法を持って臨んだらしいが、性格には実に大きな違いがあるのを認めない訳に行かない。

性格はさて置き、肉体的な個体差で、今でも不思議で仕方がないのが水疱瘡に対する免疫だそうである。今日手伝いに行っている上の娘は未だ水疱瘡をしていない。娘二人がが幼稚園時代、下の娘が水疱瘡を貰ってきたのでこれで安心と思ったが上の娘には感染しなかったとのこと。子供が出来てから子供の水疱瘡に感染すると大変なので、何とか幼稚園時代に済ませようといろんな努力をした。

水疱瘡発生の友達がいると積極的にその子の家に遊びに行かせたが、それでも罹患しなかったとのこと。今度正にその心配の事態になった訳だが、お医者さんに母親の方を検査してもらうと、何と抗体が既に出来ているとのこと。
一先ず安心ではあるが、どうしてそんなことになったのか、不思議でならないそうだ。

学術的根拠は全くないが、DNAだか染色体の数は同じでも二人と同じ顔の人間がいないように、人間は生まれながらにして個性があると思いたくなる。
我々夫婦がそんな考えなので、娘たちまであまり上手くいかないことに出くわすと、全て製造責任者である親や先祖の責任にして挑戦を避ける傾向があるかもしれない。あまり褒められた話ではないが。

2012年11月28日水曜日

争点

今度の総選挙の争点を幾つかの世論調査で見ると、殆どトップに来ているのが景気対策となっている。このように回答している人の気持ちがイマイチ分からない。就職活動中で何回も不採用を宣告されている昔の小生のように少しお馬鹿な学生が、もう少し景気が良ければ自分もどこかに引っ掛かるのでは、と何の根拠なしに夢想するのに似てはいないだろうか。

政治で日本の景気が良くなる筈がないことぐらいまともな大人なら分かりそうだが。おそらく世論調査に答える半分は女性だろう。お父さんの月給がここ数年上がらないのは景気のせいと単純に思っているだけのことではないか。
商店街がシャッター通りに変わっていくことにせよ、親会社の工場が海外に出てしまい廃業に追い込まれた下請け零細工場にしても、得体のしれない景気対策で立ち直る筈がない。

嘗て町の中心部で栄えた個人商店が全部無くなろうと(実際にそうなりつつあるのだと思うが)限られた得意先からの下請けだけに依存して生きながらえていた町工場が全滅しようと、全て時の流れの必然で逆らっても何ともならん筈だ。大方の日本人や外国人の多くが、店はどこであれ日本製品をもっと買うようになれば、結果として経済活動が活発になって景気が良くなるのだから政治によるところは少ない筈だ。

とは言っても日本の家庭はかなり豊かになっているので、嘗てのように耐久消費財目当てに活発な消費意欲が湧いてくる筈は無かろう。海外市場も大分いい思いをしてきたが、最近は途上国の追い上げが厳しいようだ。消費者の欲求が無いなら無駄な投資をして物を作っても仕方ないのは道理でもある。気の利いた企業はすっかり投資意欲を失くして、社内留保をどんどん増やしていると聞いた。

なのに何故景気対策なのか不思議でならぬ。政権与党の民主党も野党1、2位の自公が妙に息を合わせて増税を決めた。民主は全額社会保障にと言っているが、野党転落が決まっているから気楽に言っているのだろう。野党第一党は人からコンクリートへとはっきり断言しているそうだ。公共工事が増えている東北仙台の歓楽街は大変な活況らしい。この環境を全国に拡大しようとの意図だろう。そして国の借金は増加の一途、一体誰が望んでいるのだろう?

小沢一郎から共産党まで脱原発を掲げる政党が、争点をこの1点絞り候補者調整すれば第1党になる可能性がある。こんなことを言っている人がいた。確かに面白い発想で、目的が達成されたらまた空中分解してもいい。こんな時にこそ多少貧しくてもいいから、放射能などの災害を心配せず心安らかに暮らせる社会を築くための政治を考えてもらいたい。

2012年11月27日火曜日

大阪、嗚呼友よ

冬将軍が足早に近づいてくるようで天気の移り変わりが激しい。昨日の荒れた天気が嘘のような冬晴れになった。先週の土曜日は標高2000m近くの山小屋に居たのだが夕食後小屋が少し揺れたような気がした。気がしたと書いたのは炬燵に潜り込んで居眠りしていたからである。昨日今日と出会った人に聞くと、東京では久し振りの揺れだったようだ。

この連休また新たな訃報に接することになった。大阪時代に知り合った西成のふぐ料理屋の大将で、店にもよく行ったが、何故か個人的に親しくなった。年齢的には彼の方が少し上だったので可愛がってもらったと言うのが適切かもしれない。今でもはっきり記憶しているが、ふぐ屋の本業は火曜日が定休日で、火曜日には北の新地や南繁華街によく誘ってもらった。

商売が商売だから夜の世界では大変い顔が広い。金払いもきれいなのでどこでもよく持てた人だった。思い出は沢山あるが、3月になると大阪で大相撲春場所が始まる。ふぐ屋には相撲関係者の客が多かったようで、彼と兄弟分の呼び出しさんの長老(と言っても当時は現役)がいて、春場所の時期にはこの人も交えて派手に飲んだものだ。勿論相撲見物は砂かぶりの特等席を用意してくれる。だから相撲の面白さが分かってきたのも彼のお陰だ。

こっちの仕事とは全く関係のない人なのに、こっちの立場に随分気を使ってくれているのが分かることが多かった。思えば大阪時代の約6年間、大事な客の接待にはこの店を随分使って褒められたことが多い。大阪人は東京から来た人間をやや警戒して付き合う。どうせすぐ帰るだろうし、本人も心ここに非ずだろうと馬鹿にしているのだ。しかしそんな客でもこの店に連れて行くと明らかに態度が違ってくる。

大阪はふぐの本場を以て自慢する町である。しかし下町である西成の店まで知っている人は少ない。店構えがどうであれ料理が超一流であることは食べればすぐわかる。そこで大事に扱ってくれるので大概の客は見直してくれるのだ。本当に大将の気持ちが嬉しかったのでこちらも店はよく利用したものだ。

やがて会社を辞める決心をした時にも彼は本当に心配してくれて、一人で生きていくのがいかに大変かを懇々と諭してくれた。しかし結局辞職して東京に戻ったのだが、その後もずっと何かと気遣ってくれて、夏場の4か月の休業中には東京に出てきて迄声を掛けてもらったりしていた。それでもだんだん会う機会が少なくなってきたのは当然だが、東京に戻って25年、互いに心を通じ合って音信だけは欠かさなかった。

彼が逝ってしまったとは、彼岸で早く来いと手招きされるようで何ともやるせない気持ちだ。

2012年11月26日月曜日

今年最後の山歩き


3連休に山に行くかどうか財布との相談でかなり悩んだが、お金が残っても悔いが残ったのだは仕方あるまいと金曜日になって結局出掛ける決心をした。この期に及ぶと出かける先は雲取山ぐらいしかない。去年の11月末にも行き、今年の5月にも行っているので、目先を変えて秩父の三峰神社登山口から登ることにした。何度か通っているが、三峰神社付属の大浴場が魅力でいつも降りばかりだったので、始めて登ってみることにした。

土曜日は予想通り雨だったが、西部鉄道の特急乗車券1350円を買って明け方までに雨は上がるだろうと期待して寝た。ところが、朝4時頃目を覚ますと外は土砂降り。「こりゃいかん、特急乗車券は発車時刻過ぎでも払い戻してくれるかな」なんてせこいことを考えてもう一寝入りして6時前に目を覚ますと雨音が止んでいる。予報は、「雨が上がってもかなり冷え込み、関東でも山沿では雪の可能性も」と言っている。

雪ならまあいいやとの思いで予定の7時半池袋発の西武電車に乗り、9時頃西武秩父に着くと打って変わった晴天になっていた。三峰神社行きのバスは登山客で超満員、さすが雲取方面はそんなではなかったが、10人は楽に超えた登山者だった。こちらはどちらかと言うと裏口なので表の奥多摩方面からは相当登っていると想像はできた。

案の定、小屋に着くと200人定員の小屋が満員状態で、予約を入れずに来てしまったので受付で叱られてしまった。これは怒られて当然のこと。そのせいでもないが、16畳に25人詰め込まれたので期待していた状態とはかなり違った。でも部屋が寒いので却って温まって丁度良かったかもしれない。
当日は創業者のお祭りがあり、皆さんもどうぞと誘われて式に参列は善かったが、厳しい寒さには参ってしまった。

翌朝は4時に起床、山頂でご来光が見られそうとのことで、ヘッドランプにアイゼンを付けて6時前に出発。素晴らしいご来光に様々な思いや願い事して後、富士山から一寸頭を巡らせると北アルプスまでがはっきり見える冬の山景色を満喫しながら奥多摩駅まで約5里の道をハイキング。今年納めのハイキングとして最高ではあったが、疲れ方久々で、帰宅は婆さんが「こんなにいいお天気なのに、もう帰ってきてしまったの。」とびっくりするほど早い4時半頃。夕食を済ますといつもの山旅スライドショーだけして7時前には寝てしまった。

山旅の詳細はヤマレコでご覧願います。
http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-248430.html

2012年11月23日金曜日

価値観『自由』

昨日は午後出掛けてしまったので日記を書く時間が無かったが、夕方未だ現役でサラリーマンをしている人を含め4人と夕食を共にさせてもらった。このような機会は最近めっきり少なくなっているので、話が少し難しかったりしたが、新しい知識と世の中の見方が増えて楽しかった。4人とも政治的には自民党支持と言っているが、安倍総裁にはかなり批判的である。余りに物を知らな過ぎる。

甘やかされた環境で育った故だろうが、民主党の敵失で総理の座が目前に見えてきたので、有頂天に舞い上がっているのがありありだそうだ。党首討論におけるうろたえ方を見ても精神的に弱いことが明白で、あれでは総理は勤まるまい。おそらく5年前と同じように何処かで躓いて体調に変調が来るのではないかと医者の様な見立てをした人がいた。

自民党支持の人でさえ、今週打ち出された政権公約は首をかしげざるを得ないところがあるらしい。小生からすれば、戦争を知らない世代故にそうなるのかと思うが、あの勇ましさには辟易してしまう。同じ年の人も同席していたが、彼は昭和20年8月15日の玉音放送については殆ど記憶が無いと言っていた。小生はあの日の記憶が極めて鮮明である。

座敷の床の間にラジオが置かれ、その前に祖母、母、叔母が正座して泣いている。父は遥か南洋に出征中である。多分これで2度と会うことができないと思ったのではなかろうか。祖母が「お前は子供だから奴隷にならずに済むだろう。」と言ってくれた等。戦後生まれの人も2人いたので、私の印象を素直に聞いてくれた。そこから現代の若者論に話が移っていったが、やはり世代間ギャップについて幹部の皆さんは苦労されているらしい。

聞いていて我々の世代と大分違うなと思ったことがある。中小企業だったせいもあるが、我が現役時代は出世にスピード感があり、30歳頃にはすっかり幹部気分だったし、その尻尾に一寸年下の若い子が男女とも連なっていた。同席されたのが大企業の幹部のせいもあるのだろうか、先ず会社に若い社員特に女性なんかいないそうだ。派遣制度の話で盛り上がり、企業にとっても若い派遣社員にとっても不幸だろうが、正社員になりたくない若い人の真理もあるらしい。

我が母校の福沢先生は「自由」を人間にとって最高の価値と力説強調されたが、現代子の「自由」に関する解釈は少し異なるのかもしれない。現役を外れてそんなに日が経つわけでもないのに、すっかり現実の社会が分からなくなっていることを実感しながら他の4人の会話を懸命に聞いていた。こちらから見れば若いが、何れにせよ間もなくリタイアの時期を迎えるであろう小父さんに先輩々々と煽てられ久しぶりに心地よく少し飲み過ぎた感もある。

2012年11月21日水曜日

金銭感覚と人格

仕事は無くなったが来年3月まで事務所をそのままにしているので、会社をしていた時の生活リズムを未だに続けている。起床から就寝までの食事の摂り方は変えずに、少し歩く時間を増やしたかもしれない。事務所にいても仕事が無いのでボケーとしたりテレビを見たり居眠りする時間が増えるのもやむを得ないところはある。ブログ量が増えているのも時間を持て余している証拠だろう。

今週末はまた3連休だ。子供の頃に比べるとやたらに休みが多い気がするが、こんなに怠けていて景気なんぞ回復できるのかと余計な心配をしてしまう。余計なことを考えるのは、3連休となると何か特別なことを考えなくてはと思うからである。考えるのが面倒くさい。金曜日の天気は悪いらしいが土日は晴れそうなので、近くの山へでも行こうかと一瞬思った。

真っ先に思い浮かんだのが雲取山、昨年も同じ時期に行っているし、今年も5月に行っている。何度行っても手ごろで好い山ではあるが、今日は何故か逡巡している。最大の理由は行くとなると2万円程度の出費を覚悟する必要があることだ。このことも何度も書いているが、どうも最近とみに吝嗇になって金銭のことばかり書いていけない。しかし正直なところ僅かばかりの蓄えから万円単位のカネが減るとなると気になってしまう。

蓄えがゼロになっても毎月年金が10万円ずつ入るのだからいいじゃないかと思いたいのだが、どうしてもそのように思えない。あと何年生きるか分からないのと、病気でもしたらどうなるのかなといった不安が常に思い浮かぶようになってしまった。考えてみると面白いものだ。つい10年かそれよりちょっと前の預貯金が1銭もなかった頃、借金は流石にいけないと思うようになっていたが、金は使うためにあるものだから、稼いだ金はあるだけ使えばいいだろうと思っていた。

しかし会社を起こしてから急にシコシコと貯金を初め、やっと幾ばくかのへそくりもできて、目出度く引退し使う段になると稼いだ金が急に惜しくなる。まるで人間性が変わったように金銭に執着する。嫌な奴だと自分でも思うが、これが高齢者一般の思いかも知れない。否そうではない、息子でもいたら思いが違うかな。息子がいたら誇りを捨てて食わせてくれと頼んだろうか?
仮定を考えても詮無いが、最初からへそくりなんか作らなかっただろうと思ったりして。

何れにせよ、これから年末にかけて忘年会ぽい同期会などが重なってくるので、未だに山行きの決断ができない。

2012年11月20日火曜日

景気と優先順位

余り好きでない物書きに立花隆氏がいる。雑誌記者時代の調査記事「寂しき越山会の女王」には敬意を払うに吝かでないし、その後も多くのドキュメンタリー、ルポルタージュで名声を博していることにケチをつけるつもりはない。好きになれない理由は、彼が時々政治評論家みたい振る舞いをすることに起因する。その彼がいつの頃からか月間文藝春秋の巻頭随筆のトップを飾るようになった。

今月売りの12月号を見ると「日本再生-20」となっているから既に20回目、2年近くになるのだろう。城山三郎氏や阿川弘之氏が書いていた時代は楽しみにして読んでいたが、立花氏になってからの記事については記憶が皆無だ。ところが今回の随筆「有人宇宙開発無用論」珍しく全面的に共感を覚えた。医学や科学にとりわけ深い関心を寄せる著者であるが、全くいいことを言っている。

曰く、有人宇宙開発は人命にかかわる事故がつきものであること、費用が掛かりすぎることの2点を指摘している。米国人が人命を軽んじている訳でもないだろうが、日本人にはチャレンジャー号事故やコロンビア号事故のような大事故を乗り越えるようなタフな精神はないだろう。又、日本の財政は、いま世界の歴史上類例がないほど、巨額の借金を抱えて殆ど破たん状態にある。JAXA予算は、ほぼ年間2000億円のペースで減り気味で推移してきた。諸般の事情を考えればこの傾向が反転する筈はないだろう。

独自の有人にどんな意味があるかと言えば、国威発揚ぐらいだろう。そんなことは国威発揚が何より大切な中国に任せておけばいい。有人はあくまで国際チームの一員としてやる立場を貫き、独自性を発揮できる得意技術分野で勝負すべき。以上が主たる論点であり、これには全面的に賛成する人が多いと思う。

立花氏でさえこんな論陣を張る時代なのに、ヒートアップする選挙のためか、自民党は景気回復のため、国債をどんどん発行して日銀に買わせ、札を大量に刷らせることが必要とぶち上げた。この発言で為替が反落、株価も日経平均が一気に500円も上がったのも事実。批判的な人に言わせると、戦争でも始めるのなら別だが、正真正銘の禁じ手とのことで経団連でさえ警鐘を発している。経済や株のことは何も分からない。しかし、景気が良くなれば株は上がるだろうが、株が上がったから景気が良くなるとは思わない。

ホリエモンに聞けば別の考えになるかもしれない。

2012年11月19日月曜日

孫の時代

遅れていた季節がやっと追いついたようで、全国的に大分冬らしくなってきた。東京もかなり冷えてきたので遂に冬用のコートを着用に及んだ。着ぶくれると格好良くないと思うが、年寄りはそんなことで気取っていられない。「風邪は万病の元」と自分に言い聞かせている。一昨日の土曜日に婆さんが実家に帰り、来合せた一番年上の孫と会って写真を撮ってきてくれた。

孫は来年3月高校入試を控えているので、一所懸命お勉強しているとのこと。志望校については聞いていないが、勉強に打ち込んでいるとは感心するばかりだ。義務教育課程児童の学力が低下していると聞くが本当だろうか?時々テレビに登場する子供たちのインタビューを聞いていると、出来の悪い政治家なんかより余程しっかりしている思うことが多い。うちの孫でさえ進学を意識して勉強する世の中だ。

我々の中学時代に比べれば現代の方が遥かに高校への進学率は高い。今の中学生の方が昔より難しいことを勉強しているように思うが、実態はどんなものなのだろうか?学校における学習内容は知らないが、少なくとも全家庭にテレビがあることだけでも、記憶装置にインプットされる情報量は格段の差があるだろう。人間何を以て賢いと言っていいか分からないが、独断を以ていえば、今の子の方が我々世代よりは遥かに賢い。

同じテストで世界の児童を比べると、日本の児童の水準はかなり低レベルとの指摘もある。そんなこと余り気にする必要もないような気もするのだが。体力も落ちていることを指摘されるが、これだけ便利な世の中だから一般的に体力が低下するのは仕方ないだろう。むしろ体格が立派になっていることは事実。スポーツとか運動に関する進歩も目覚ましいものがある。あらゆる分野で若手のスポーツ選手が活躍している。4歳になったばかりの孫が幼稚園で毎週プールに行っているそうだ。小学校に上がる前に泳ぐようになってしまうのだろう。

先が短くなったせいか、子供や若い人をどうしても美化して観がちになるのかもしれない。若年犯罪も増えてはいるだろうが、それでも大多数の若者は賢く育っていることを信じている。ヤクザの倅が大臣になってもいいし、知事や市長になっても不思議はない。政治家の2代目が政治家になってもいけないとは思わないが、自らの意思でなってもらいたい。我が孫は今のところサリーマンになりたいと言っているようだ。

しかし高校に進学すれば考えもまた変化するだろう。孫のことは何を聞いても楽しい。どこでもいいから高校生になって、中卒浪人にならないことを祈るばかりだ。

2012年11月18日日曜日

予測困難

原則ブログ書きは平日に留めようと思っているのだが、選挙戦が始まったので突っ込みたい箇所がてんこ盛りにつき、今日もまた余計なことを少し書きたい。先ず今回の選挙、小選挙区制導入が目指した2大政党どころか小党が乱立しているのが何故か不思議で仕方ない。昨日のテレビで評論家田原総一朗氏が、自民党は常に融通無碍で、確たる定見が無く時に応じて見解が変わるのは当たり前みたいことを語っていた。

それでは政党としての態を成していないじゃないかと思いながら聞いたが、考えてみると民主党にしても五十歩百歩、国民の多くが支持するような政党は皆無だと言うことなんだろう。そこで改めて仕切り直しができればいいと思うので、旗を上げた主な人間を並べてみた。

1.野田佳彦 1957年(昭和32年)5月20日 55歳
2.安倍晋三 1954年〈昭和29年〉9月21日 58歳
3.渡辺喜美 1952年(昭和27年)3月17日 60歳
4.石原愼太郎1932年(昭和7年) 9月30日 80歳
 橋下徹  1969年(昭和44年)6月29日 44歳
5.小沢一郎 1942年(昭和17年)5月24日 70歳
6.山口那津男1952年(昭和27年)7月12日 60歳

石原慎太郎氏と橋下徹氏は前者が党首で、彼が旗を掲げたかに装っているが実際の旗を掲げたのは後者に見える。第一石原氏では生命がいつまでもつか分かったものでない。今回の解散にあたって改めて羽田孜氏や与謝野馨氏の映像を見ると、やや酷な言い方をするともっと早く議員を辞めるべきだった。
国会議員が如何に木偶の坊であって構わないと言っても、そこまで税金を投入してはいけないと思う。

やはり国政に於いても世代交代をすべきというより、必然的にそうなるに違いない。だからと言って橋下氏や野田氏を特に買う訳ではないが、政治家にも定年制を設けてみてはどうだろうか。高齢化社会で老人が至る所で幅を利かせているが、1億数千万人のリーダシップを取るには、中国トップのように在職中に超えるのは仕方ないとしても、60歳を超えた人間には無理だろう。

何れにしても今回の選挙はリーグ戦みたいもので、トップ自民党が確定とされてはいるが、過半数は無理とも言われている。どんな組み合わせになることやら。

2012年11月17日土曜日

ニュースを聞いていると

毎日のニュースの中には時々「え、ちょっと違うんじゃないの?」と思うような言葉遣いが現れる。昨日野田さんが民主党両院議員総会で発した激励の言葉に「畳をかきむしっても当選を果たして帰ってきてくれ」みたい一節があった。この形容の正しい使い方は知らないが、親に隠れて読んだエロ本で使われていたような気がしてならない。本来は七転八倒の苦しみを指すのだろうが、下品故に他の想像をしてしまう。今や畳を知らない子供も多いからどうでもいいが。

「政治空白」についても首をかしげたい。劇場型政治を楽しんでいる無責任な立場で言うと、この週末ほど濃密、充実した政治が行われていた時期は何年ぶりのことだろうてな感じだ。空白を実感している人に、その存在をどこに見つけているか聞いてみたいものだ。野田政権末期だけを見ても、三党合意成立後100日あったそうだが、愚考するにこの間ずっと政治空白が続き、最後の僅か2日間だけ国会が本来の機能を発揮したようにしか見えない。

今回首になった議員500人弱の殆どが3年数か月本来の仕事をせず、高禄を食んでいたに過ぎないと言ったら怒られるだろうが、賛成してくれる人も少しはいるかな。マスコミにも勿論責任はある。昼間から酒を飲んで宵の口の8時に電車の中で痴漢行為に及びお縄になったアナウサーかキャスターは関係ないかもしれないが、予定された政治家の所作をアホ面下げて追い回す若い記者諸氏、都合何名の食い扶持に繋がっているか聞いてみたいが、諸君があげつらう「政治空白」のお陰で仕事が増えてよかったね。

「街の声インタビュー」数千万人の有権者の中から何を聞きだすために、何を基準に選考しているのか。「仕事が欲しい」はまあ良しとしよう。「景気を何とかしてほしい」が定番だが、政治家に景気を良くする力があると本気に思っているのだろうか。世界を知らなくても日本企業の業績先行きが暗いことぐらい俺でも分かる。企業環境がどんなに悪化しようと、そこを突破するのは己の努力以外あり得ないことをマスコミはひょっとしたら知らないのか。

そこにいくと財界のインタビュー定番「努力する者が報われるようにしてほしい」は素直で当たり前な声を引きだしているのだろう。税金をまけて貰ったり、消費を刺激する財政措置を講じてほしいとあからさまだ。企業業績が悪化すれば経済全体に影響が出ると言うことで、政治家はすぐ法人税減税だと騒ぐ。無制限な金融緩和やこんなことで、テレビインタビューで不満を漏らしていた人達がハッピーになるなんてことは先ずあるまい。政治家がどうしようも無いのは仕方ないにしても、マスコミ人はもう少し頭を冷やして勉強してほしい。

2012年11月16日金曜日

大言壮語

やっと少しばかり西北からの寒波が来て2、3日冬らしくなったと思ったら、今日は又小春日和の良いお天気になってしまった。都会に暮らすこちらには有難いが、スキー場ではやきもきしていることだろう。何度も書いているように、最近は専ら身辺整理を心掛けているので、徐々に身も心も軽くなってくる思いだ。仕事が無くなる、収入が途絶える(と言っても月に約20万円相当の年金は入ってくる)と言っても、心が軽くなるのは高齢者の特権だ。

昨日さんざん考えて年賀状を初めて独力(誰かにディザインを手伝ってもらうとか、印刷屋にプリントを注文するとか余計なお金を使わずにの意味)で制作した。しかしはがきの調達は婆さんに任せていたので、完璧に独力とは言えない。昨晩そこら辺についてやんわり言われた。「庭木の手入れも注文したし、年賀はがきも買ったし、いろいろ大変なのよ。」考えてみれば、年金を半分(10万円)渡しているだけなので、はがき200枚でも結構な出金だ。

次回からはこっちの小遣から出さなくてはなるまい。それは兎も角として、今朝はその文面をギーコギーコと自分で印刷、後は送り先住所を印刷すれば完了だ。但し、珍しく喪中ハガキが1通も来ていないので、この作業は少なくとも来月下旬になるだろう。てなことで、天気は上々心も晴々と、いつものように池袋への散歩に出かけた。昼飯の後書店に立ち寄り雑誌を立ち読みした。そんなに長い時間でなかったが、チラッと見ただけで心底感心した事がある。

月刊文藝春秋12月号の目次に「国を変え、日本人を変える」とあって副題に<石原慎太郎 不退転の決意 >とある。内容は一行も読んでいないが、このタイトルには本当に感じ入ってしまった。今朝の朝食時に「これから選挙で賑やかになるから、ニュースも面白くなっていいな。」と言ったら家人曰く「選挙に出る人(即ち政治家)なんて皆頭がどうかしているのよ。自分の顔の大写真が町中に溢れるだけでも普通の神経で耐えられると思う?」亭主とは異なり、自分ではたっぷり選挙に関わってきた本人の科白なので「それもそうだな。」と相槌を打った記憶が残っていた。

己の神経が普通と仮定してであるが、小生には嫁や娘ですら変える?考えを糺す自信はない。まして何を考えているか皆目見当もつかない他人様を変えるなんて思いもよらない。大言壮語なる形容があるが、流石文学者だ。記事そのものは1行だに読まなかったが、政治家たるものはこうでなくてはイカンのだろう。(石破氏の言い方みたいでよくないな)昨今の政治家なんぞ何一つ出来もしないから、どうせ言うならでかい方が猿芝居にも迫力が出ると言うことか。

2012年11月15日木曜日

政界再編?

「1日も早い解散を!」と煽っていた野党の自公に悪乗りしてきたマスメディアの思惑通り、明日解散、ほぼ1か月後の来月16日投票が決まった。多くの国民が注視している国会の党首討論でそれを断言した野田総理については目を見張る思いだ。明らかに捨身になっているので、先ず全体を通して、玉砕覚悟の万歳突撃を敢行した硫黄島の栗林中将を連想させた。お父さんが通信簿に記された学科評価が下がったことを叱らず、生活態度を書いた講評に「野田君は馬鹿が付くほどの正直だ。」と有ったことを喜び褒めてくれたことを披露。

要するに「俺は嘘つきじゃないよ」と力説すると同時に、安倍総裁が主張する教育改革を適度に皮肉っている。僅か30分程度のやり取りの半分とすれば約15分、どこまで本当か分からないが、恰も巧みに計算された芝居の科白のように視聴している耳に入ってくる。対する安倍総裁が台本に無いことを言われて余りにオタオタしているので、決定力不足の総理との今までの思いが間違っていたのではと思えてしまった。

同様の感想を持った人は明らかに多いみたいだ。テレビの解説者の殆どは軍配を野田氏に上げて、党首討論の新しい姿と褒めている。これで野田氏個人の支持率は少し回復することだろう。しかし一夜明けてみると、党内は死屍累々。マスメディアも早々と手の平返しのアリバイ作りを始めている。余りに白々しいが、いくつか挙げれば、経済の先行き不安や復興停滞の恐れがあるこの時に政治空白を作っていいのか、暮の忙しい時期選挙なんかしている暇が有るのか、財務省に乗せられて国家国民を無視した解散ではないか等々。

ネット上ではこういった批判に加えて、野田総理は明らかにアメリカ政府にコントロールされている。TPPを争点になんて言いだしているのが動かぬ証拠とする意見も多い。何と言っても民主党(主流派)と最大野党の自民公明が馴れ合っているのだから、争点が無いのは当たり前だ。これで800億円もかけて選挙をして安倍総理を誕生させ、国民に信任された政権で力強く政策を推進だそうだ。

ひょっとすると、景気について言えばさらに落ち込む可能性は高いし、外交にしてもTPPなんかアメリカの言いなりで変わらないだろうし、領土を含む外交なんかも前政権よりもっとやばい話になりかねない。反する勢力は見事に分断されて、何が政界再編か分からないが、自公民に対する抵抗の仕様が無くなる可能性が高くなるとしたら面白いことは何もない。

突き詰めると野田氏はやはり罪作りだ。3年前の西松事件が悔やまれる。

2012年11月14日水曜日

嘘つき?実直?

今の国会に興味や関心がある人は少数派に違いない。たまたま今日は外から戻った時刻が3時ちょっと過ぎで、党首討論で小沢さんが何を喋るか関心があったのでテレビをつけた。未だ安倍氏と野田氏の討論の最中だったので、関心が薄く、手を洗ったり口をゆすいだりしながら遠くから聞くともなく聞こえていたが、野田氏が急に「16日にでも解散します。」と声を張り上げたのが耳に入った。

国会て所は政策を協議する場ではなく、誹謗と子供じみた欲望を言い続ける場のようにしか思えない。たまりかねた一方の与党側が切れたのかと思ってテレビに向き合うと、途端にテロップが流れた。「野田総理今週中の解散に言及」冗談かと思っていたが、メディアはマジに受け止めているらしい。その後何度も同じ映像を見ているが、総理は野党が議員定数の削減を約束すればと枕に置いているが、確かにはっきりと16日に解散すると言っている。

消費税増税を言いだして小沢一郎を追い出したあたりから、総理の考えは理解不能だ。馬鹿か利口かも分からない。野田氏の評価は様々なようだが、変な度胸の良さがあるようだ。自民党と事前に握っていたわけではないと思うが、枕に置いた条件は自民党にとって受け入れ困難なところはないように思う。公明に至れば御の字の話だ。むしろ家の子郎党全員が反対する解散を口にしたのは、瓢箪から駒でなくて本気で解散を打つ気なんだろう。当然、自分を総理に押し上げてくれた民主党は消えてなくなる可能性すらある。全く何を考えているのか益々分からない。

小沢氏に与えられた時間は僅か10分、自公民3党が群小野党を無視して進める国会運営手法に対する批判し、地方交付税一つを取り上げ、マニフェストを実行していると言いながら、官僚主導の政権では実態が全く改善されていない事を直視してくれだけに留まった。相変わらず田舎のおっさんみたいで演説は下手だが、言わんとするところはよく分かる。
嘘つきでない政治家がいたらお目に掛かりたい。

2012年11月13日火曜日

読後感「通貨戦争」ジェームズ・リカーズ著/藤井清美 (訳)

既に1か月以上前のことになってしまったが、愛読しているメルマガの著者2名(田中良紹氏・高野孟氏)が相次いで本書の書評を発表して褒めていた。両氏がともに挙げていた味噌は次のことである。一昨年9月の尖閣諸島沖での中国漁船と海上保安庁巡視船衝突→船長逮捕→釈放の裏側で通貨戦争が行われ、深刻な事態は避けられたものの両国ともに教訓を学んだ。具体的には

「漁船の船長が逮捕された時、中国政府は船長の釈放と日本の謝罪を要求してレアアースの対日輸出を全面停止した。これに対し日本政府は9月15日に外国為替市場で日本円の価値を突然下落させて反撃した。結果円は人民元に対して3日間で約3パーセント下げ、日本政府がこの円安政策をとり続けていけば、中国の対日輸出は、インドネシアやベトナムなどに比べて不利になった。それから数週間で船長は釈放され、日本は形式的な謝罪を行い、円は上昇し始め、レアアースの輸出は再開された。」

嘘か真か分からないが、日本が中国に戦いを挑むなんてことが信じられなかったので猛烈に興味が湧いた訳である。読み始めると成程そんな事が書いてある。但しことを正確に理解するには、通貨と経済についてそこそこの正しい知識を持たなければ意味が通じないことになる。気が付いたの時点で止めればよかったが、本代2100円がもったいなくて理解不能箇所が多いまま最後まで活字を追ってしまった。

著者は投資銀行家でジョンズ・ホプキンソン大学高等国際問題研究所で教鞭をとると紹介されている。経済学と国際政治学両方の権威と言うことだろう。
一昨年の日本政府の行動が本当に意図的に戦いを仕掛けたのかどうか。それについての言及はない、ひょっとして偶然のことだったら興ざめだが。著者は、現在世界中で基軸通貨として信任されているドルが、現在の延長線で無制限に刷られ、世界に流出し続けると、とんでもないことになる。と警鐘を鳴らしたいようだ。

とんでもないこととは、膨らみ過ぎたグローバルな金融市場の取引で、ドル安が進み過ぎた結果、ある日些細な事故が発生、それが引き金で世界規模の金融危機が発生しかねないことらしい。米国は高度のインフレになるばかりでなく、世界中の金融機関と財政当局が慌ててドルの投げ売りを始め、誰にも止めようがない世界恐慌の大混乱無秩序状態が出現しかねないのだそうだ。

ここから先言及すると益々こんがらかってくるのでやめる。一つだけ感心したことがある。菅総理時代、自民党の大蔵省上がりの議員(林氏だったか)が、総理大臣に財政出動の乗数効果に関する質問で菅氏を立ち往生させて得意になっていたことがあった。そのケインズが言う所の乗数理論だが、著者に言わせると全くナンセンスらしい。ケインズの経済学や財政論で景気を良くするなんて不可能らしい。

ここだけは妙に説得力を感じた。ところでこの本が発表された由縁だが、著者が所属する大学の研究所とペンタゴンが協力して金融戦争シミュレーションを2009年実際に行った実験のレポートである。この研究所は日本軍による真珠湾攻撃の翌年に設立され、戦争に勝つための新兵器の開発に一貫して取り組んできた研究所とのことである。アメリカて不思議な国だなぁ。

2012年11月12日月曜日

心機一転が必要

昼から気持のいい天気になった。しかし季節はもう冬、直ぐに寒波がやってくるらしい。そろそろ年賀状も書かねばならない。書くと言うより作ると言った方が適切かもしれない。年の瀬を迎えるにあたり来年にに思いを巡らせてみた。生まれ年の干支を7順もし終わると、流石に来年の予定も抱負も何も見つからない。小手帳を買う季節でもあるのだが、買っても記入することが皆無とは寂しい限りだ。

結局小手帳も買わず、年賀状の文句も日が暮れる。結局極めて平凡なものを作ることになるだろう。65歳頃から今日まで「高齢の割にはお元気ですね」なんて言われることを目標みたいにして、健康維持ばかりに神経を注いできたような気がする。健康維持も悪くはないが、所詮は高齢者だ。余り欲張りすぎるのも考えものだ。

今年よりは来年は少し年寄りらしくなるのが自然だろう。今年も山歩き以外には特筆べきことは何事無く淡々とした年で終わりそうだ。来年に向けて具体的にはどんなことを思いつくか分からないが、昼間使用していた仕事場が無くなることだけは間違いなさそうである。朝出掛ける先が無い生活は考えたことがないので少し混乱気味の昨今である。

2012年11月9日金曜日

お先真っ暗?

ここ数日ブログを未だ陽の高いうちに書いてきたが。今日は真っ暗になってしまった。明るいうちと違って、外が暗くなって何か書こうと思うのでは気分が大分違う。今日が終わり明日を考える時間だが、何となく窓の外の風景と一緒で暗い感じがして気分が落ち込む。仕方なしに書くことにする。今年は世界中で指導者が交代した年と言えるようだ。アメリカでは大統領選挙の結果オバマ氏が当選して、引き続き2期目の大統領に就任が決まった。

世界情勢は疎いので生半可な知識だが、中国は現在トップ交代劇が進行中だし、韓国も大統領選挙が始まっているようだ。北朝鮮も代替わりした。他に知っているのはロシア・フランス・イタリアなんかも大統領が変わったことぐらいだが、今年トップの変更があった国は相当あるらしい。不思議なことにトップ交代が年中行事の日本で、首相が目出度く1年以上続いている。国民が意識して世界の潮流に逆らっているなら面白いが、偶然とは恐ろしい。

日本のことはさて置き、世界規模で指導者が交代して地球の将来がどうなるかだが、あまり楽観できるような音が聞こえてこない。今週火曜日の夜9時NHKのニュース番組、大越キャスターが大統領選取材でワシントンに行ったついでにインタビューした若い政治学者が指摘していた。これからの世界はリーダーが不在になるらしい。言われてみるとそんな気がしないでもない。

オバマが圧倒的な差で再選を果たしたと伝えられるが、一方で日本と同じようなねじれ国会を抱え、議会共和党との対立は深刻であるばかりでなく、国民のオバマ支持派とロムニー支持派の実態的差異は選挙結果とは別物で、オバマの経済政策の失敗に愛想を尽かした中間層が結構いるようだ。貧富の格差が拡がったのは、福祉を強調する選挙には有利だったか知れないが、国民の内部に深刻な問題を孕んでいるとも言われている。

要するにオバマの指導力のみならず、アメリカの指導力が落ちている。またアメリカに代わって指導力のある国も出てこないので、世界が不安定となり紛争が引き起こされかねない。特に懸念されるのがアジアと中東、アジアも東アジアが特にやばいらしい。本家アメリカさんのこんな事情が、属国日本に対し誰がトップになろうと、良い影響がもたらす筈がない。初めて聞く御説だから眉に唾つけて聞き流せばいいが、もっともらしく聞こえてしまう。

NHKが誰に視聴させたくてこんなこと放送したか理解に苦しむが、きっと政治家も見ているのだろう。彼らは何を思っただろうか?ご覧になった方も多いと思うが感想や如何に。

2012年11月8日木曜日

風化させていいのか

東京電力は昨日2015年までの中期経営計画を発表し、その中で被災者への賠償や廃炉、放射能を取り除く除染作業などの費用が想定した五兆円を上回り、十兆円を超える可能性があるとして、政府に新たな財政支援を求める考えを明らかにしたそうだ。どのマスコミもこれをニュースとしてサラッと流している。

たまたまアメリカ大統領選挙の開票結果や田中文科大臣の発言修正問題が重なっているので、今のところこの発言に疑問や異論を唱えるメディアは見当たらない。このニュースに対して憤慨している人はどのくらいいるだろうか?毎月の支出を細かにチェックせざるを得ない一般市民は最近電気代が上がっていることには気が付いている筈。日本人は善い人が多いので、もっと節電しなくては程度の話で、問題がどこにあるのか追及はしないのが一般的だろう。

婆さんが猛烈に怒っているので、家計に関わりない小生が代わりに取り上げたい。冷静に考えれば東電の経費がかさむのは当たり前で、最終的には国家、国民の税金で尻拭いせざるを得ないのも仕方がないことかもしれない。であれば、何故一旦破綻処理をしなかったのか?会社そのものは倒産した訳でもないので、経営者や社員の皆さんも未だに一流企業人として、それなりの高禄を食んでいらっしゃるようだ。だから我が家では僻み根性で「盗人猛々しい」みたい言い方になってしまう。

そんなことより深刻なのは、被害にあわれている当事者の皆さんことである。マスコミは事故と簡単に書くので、被災していない首都圏に住む我々は東電も同じ被害者かのような錯覚を起こしかねない。この辺にマスコミの取り上げ方の怖さがある。被災された方は筆舌に尽くしがたい苦しみに未だに直面している。故失くして故郷を追われ、着の身着のまま首都圏の狭い部屋に追い込まれたお年寄りの話を聞く機会があった。

一時帰宅で帰った我が家は座敷中ネズミの運動会だったそうだ。政府や県、市町村に至るまで対策は不可能とのつれない返事で、たまりかねて警察に相談したら「泥棒は捕まえるが、ネズミを捕まえることはできません。」との返事。ここだけ聞いていると笑い話になってしまうが、実態的には泥棒の被害もかなりらしい。政府から沢山金を取って被災者には金さえ払えば文句はあるまい。この東電に姿勢に、やるべき事は全て民間企業の東電に任せて責任は負わない官僚、更に出銭をけちる財務省。いったい事故の責任はどこにあったのか。

マスコミだって全く関係ないとは言えないだろう。しかし今となると福島のことではニュースにもならないので、大飯の活断層や原発再稼働など論争があることのみを喜んで記事にする。昨年3月の原発事故は既に風化していると話すお年寄りの目には涙が浮かんでいた。

2012年11月7日水曜日

規制緩和

来年4月開校の予定で準備を進めてきた新設大学3校の不認可問題で世間が騒然としている。何でも今年の3月31日の申請に間に合えば10月には認可が下りるらしい。当然、申請までにそれなりの根回しがあるのだろうし、申請内容がどんなものか知らないので、飽く迄も素人の直感即ち無責任な感想を言えば「大学ってそんなに簡単にできてしまうの?」となる。文科大臣によれば現在日本には800の大学が存在するらしい。

更にここ数年、学生数の減少にも拘らずその数が増加傾向にあるとのこと。最近は群馬県で学校の経営が成り立たずに倒産した大学も出たらしい。「あなたの母校はどちらですか?」と質問されて「満州にあった建国大学す。」なら胸を張って返事もできるだろうが、「群馬にあった○○大学で、今はもう有りません。」では成程ちょっと寂しかろう。

短大を経営してきた方が4年制大学に格上げを望むのは、経営者としてみればごく自然で、非難するに当たらないだろう。まして小泉内閣以来の規制緩和でお手軽にできるとなれば一層のことだ。当然ながら狭い日本に大学が乱立して、大卒の青年が巷に溢れている。このことも自然の成り行きだから文句を言っても始まらない。大阪市長さんに言わせると「どうせ自然淘汰するのだから、不認可なんぞとんでもない暴挙」だそうだ。

竹中平蔵氏が最高顧問で、もろに影響を受けている維新の代表だから仕方がない。タクシー業界の規制緩和もワーキングプア―の量産との指摘もあるが、プアー大学の量産が果たして我が国の活性化にどれほどの貢献をするのか。田中真紀子氏の暴走にも一定の意味があるのではなかろうか。ことほど左様に規制緩和については難しい問題があるのは分かる。今朝の東京新聞が1面トップに取り上げていたのは、公職選挙法に関する規制を緩和すべきとの記事である。

折しもアメリカの大統領選挙の投票日なので、先日来、米国の選挙に関する報道が多かった。詳細の実態は知る由もないが、選挙事務所の多さや戸別訪問の多さだけでも彼我の違いが伺える。東京では1か月足らずで知事選が始まることになっている。米国大統領選と比較するのも如何かもしれないが、あちらの場合は1年以上前に実質的な選挙戦に入っている。我が都市の場合は後出しジャンケンが有利とされ、未だに立候補宣言しない候補者さえいる。

選挙戦が始まると昼間は街宣車が走り回り、選挙区外の通勤客が多い駅前の街頭演説がお定まりの図式となる。婆さんは選挙について相当専門知識をお持ちだ。意見を聞くと、東京新聞が言うまでもなく公職選挙法の規制程下らないものは無いらしい。候補者に民意を反映させる気なら、候補者が創意を凝らして民意を汲むようにすべき、が彼女の意見。選挙事務所でせんべいだったら出してもいいが、饅頭はいけないなんて規制にどんな意味があるのか。

昨日政治家から来た2万円のパーティー券について書いたばかり。昨日帰宅すると同様なレターが別人から来ていた。官僚による規制が政治家を含めて人民を愚民化しているのも事実。

2012年11月6日火曜日

セコイ話

セコイなんて言葉がいつ頃から市民権を得ているものか知らないし、今まであまり使ったことがないように思う。しかし、「貧すれば貪する」の喩えとは少し違うと思うが、最近とみにセコクなってしまった。やはり純然たる年金暮らしに入ったからであろう。年金月額約20万円の生活に入ったのは既に1年以上前のことだ。しかし住民税の関係かと思うが、7月までの健康保険の医療費負担が3割取られていた。

これが目出度く8月から1割負担に変更された。ここで俄然年金生活の実感がわいてきた。毎月医者に通っているので、この2割の差額が大きいことには改めて驚いた。なろうことであれば6月7月脳神経の外来から始まって、心臓、肺とあらゆる検査をした時に適用されていたらなぁ、と思うがそうは上手くいかない。それでも、突き指が原因でこのところ足繁く通う接骨医が1回120円になったのは大感激でもある。

医者通いは別にセコクなっている訳ではないから問題ない。このことによって、月10万円以上の出費はへそくりを取り崩していることにやっと気が付いた。先に書いた20万円との不整合は婆さんに半分献上するので手元に残る金額がその半分になるからである。月30日として1日約3千円。最大の支出項目は昼飯代だから、楽勝だろうと思っていた。ところがギッチョン、交通費が馬鹿にならない。いくらバスでも月に3回も山に行っていたのでは、とてもやっていけそうにない。

パスモを1万円チャージしても、ひょこひょこ出歩くとすぐ無くなってしまう。このブログを定期的に読んで頂いている方は既にご承知のことと思います。先週は2回も友人からご馳走になった。「割り勘にして下さい。」と一度は言ってみるが、「いいから今日は任しておけ。」との返事を期待しているので、その言葉を聞くと即座に「ありがとうございます。」と反応してしまう自分が些か情けない。

今日はたまたま応援している地元の代議士からパーティーの案内状が届いた。
選挙が近そうなので当然ではあろう。いつもは池袋の公共施設だったりして
5千円止まりだが、先方もイザ鎌倉ともなればそうも言っていられぬ訳だ。
先日年会費の請求が来て、一口2千だったので気前よく1万円を振り込んだ。
その時丁寧な手書きの礼状を貰って喜んだのだが、今回出席するのを躊躇している。これも情けないし。

先日高校同期の友人から忘年会的な集まりの誘いを受けた。この会費も1万円である。誘ってくれた友人に「会費をもう少し考えてよ。」と言ってしまった。セコイを辞書で引くと「細かくてみみっちいこと。」とある。正にその通りだ。少し情けないが致し方が無い。

2012年11月5日月曜日

高齢者の海外旅行

mixiで日記を書きだしたのが2005年10月18日となっている。既に丸7年以上書いていることになる。当時と比べて何が変わっているかを知るために、書き始めた頃3か月ほどの日記をざっと読んでみた。2006年の1月に「昨年はゴルフを2回しかしなかった。」とあるので、ゴルフを止めてもうそんなになるのか、改めて時の流れの速さを思った。

2006年正月に起業して以来3年目で66歳目前とある。何を知りたかったかと言うと、この頃海外に行った記録があるかどうかだ。理由は海外旅行について書こうと思ったから。不景気と言われながら、海外旅行はそんなに客が減っていないようだ。中国韓国の客はすこし減っているようだが、他のアジア諸国や欧米旅行の人気は相変わらずのようだ。小生の場合、2006年10月以の海外旅行はやはり無いみたいだ。

自宅に戻ればどこかにパスポートがあるだろうから、それを見ればはっきりするが、確か起業する2年くらい前に中国に行ったのが最後だろう。日記を書き始めたことが象徴しているが、65歳の頃からライフスタイルを意識して変えてきた。海外旅行をしたがらないなんてこともその一つだ。我々の世代は卒業旅行なんて言葉は無かったが、就職して10年か15年ほどの頃(昭和50年代初め)からだろうか、海外旅行がレジャーの主流になった感もある。

小生も昭和から平成の初め頃だったろうか、当時の人並みに1、2回は海外旅行を経験した。しかし、又どこかに行きたいと思うほどの感激が無かったのも事実だろう。人様々だから、一度の経験に触発されて、以降ずっと世界旅行を趣味にしている方が多いのも不思議はない。今朝、中国万里の長城見学で大雪に遭遇して亡くなった高齢者の記事を見て、ふと思った。人間の運・不運はどこで出会うか分からない。

小生も今やレジャーが中心の人生とも言える。最近好んで使うバス旅行をしていれば安全とも言い難い。日本の山にも危険は一杯である。でもより好んで外国まで行って、普通の人の余り行かない場所を求めたいとも思わない。本日お伊勢さん初詣のバスツアーを申し込んだ。

2012年11月3日土曜日

恵比寿

文化の日の今日は晴れの特異日とあって天気は良いが、風が冷たい。我が家も炬燵なんかが引っ張り出されすっかり冬支度になってしまった。街のショーウィンドウの飾りつけはクリスマス気分だし、あとは年末年始に向けて一瀉千里か。昨晩も一昨夜に引き続き別の友人からご馳走になった。しかも昨晩は夕方4時前から恵比寿で2軒はしごした。15年以上前、恵比寿で飲んでいた時代があるのだが、当時の店は一向に思い出せない。

2軒とも友人の知り合いの店で、意見は中華料理、もう1軒は小料理屋。何れもこじゃれた店で、我々老人は少し場違いだった感もあるが、料理も酒も店の雰囲気も良かった。いくら飲む量が減ったとはいえ、4時間近く飲めば相当な量になる。帰宅したのは9時前だったが、最寄駅から自宅までの10分少々、足元が少し怪しかったような気がする。そんな訳で折角の店名が思い出せない。

何れ友人に聞いて改めてここで紹介したい。1軒目で飲み始めた時間には他の客が一人もいなかったが、2軒目に移ると先客が少しあり、この店を出た8時過ぎると店内も通りも若い人で溢れていた。前夜飲んだ赤坂は妙に人通りが少なかったのに、どうしてこちらはこんなに活気があるのだろう?木曜と金曜日の差だけだろうか。赤坂の繁華街は韓国クラブや焼き肉店、料亭からパチンコ屋にもぐり風俗店、食いもの屋にしても変に高級そうな店と居酒屋と実に雑多である。

恵比寿の場合は昔も今もと思うが、サラリーマンを対象にした店が圧倒的に多そうで、「何じゃこの店は?」不信感を抱かせるような店が少ないのかもしれない。久しぶりに行って僅かしか歩いていないので当たってはいないかもしれないが、昨晩歩いた範囲ではそう感じた。東京はやはり広い、池袋の西口にもここに似た繁華街はあるが客層が全く違う。よく行っていた店はどこでもスーツ姿の客が少なかった。

店を経営する側からすると、服装がいい客が金を持っているとは限らないだろうから、どちらがいいか分からない。でも恵比寿の方が街全体が華やかで活気を感じた。

2012年11月2日金曜日

選択肢

昨夜は未だに現役で活躍を続けている友人にご馳走になった。数年前に食道癌が見つかって、治療しながらの現役50年は敬服に値する。老人の会話の例に洩れず病気の話が多かったが、友人は話しながら熱燗をぐいぐいと飲んでいた。ひょっとするとこちらの飲酒量より彼の方が多かったかもしれない。同じ病を背負ながら元気に復活して活躍している鳥越俊太郎氏や中西礼氏のことに話が及ぶと、流石に彼等は酒はやめているようだとのこと。

てな話で、我が方も前立腺の腫瘍マーカーが上がる一方なので、医師から2度目の生体検査を薦められていると話すと「もうこの年になったら止めておいた方がいいと思うよ。あと何年も生きる予定でもしていれば別だが、結局は何かで死ぬわけだから。医薬品の進歩発達で我々が幼い頃と比べると、実に沢山の病が克服され容易に死に至らなくなり、結局残ったのが「癌」なんだから。年を取っているから進行も遅い筈だし、無理して抵抗するのは考え物だぜ。」

癌予防には早期発見が大切と言われるが、年齢を考えると自覚症状が無い癌を早期発見することが善いのか、そうでないのか。彼が言うには、食道癌は場所的に比較的発見し難く、転移の可能性が高いのが特徴らしい。転移はどこに飛ぶか分からないので彼も3か月に1回検診を続けている。一度放射線治療もトライしたが体力的ダメージが厳しいので2度と放射線治療はしないと決めている。要するにあまり無理な抵抗をせず、生活に過度な制約を課さずに残る人生を楽しむつもりのようだ。

確かに今更自分に過度の制約を課しても仕方ないかもしれない。既に禁煙は遥か昔、飲酒も程々、栄養補給と運動に休養のバランスにはそこそこ気を付けている。この上更に生体検査が本当に必要なのだろうか?彼が言うことは確かに一理ある。彼とはこの数年1年に1度くらいしか会わない。最後の燗を注文する時「俺ら、あと何回会えるかなぁ。」なんて急に言いだした。「互いに80歳が8年先だからあと8回はゴチになりたいぜ。」と返して互いに笑ってしまった。

昔から度胸のいい男だったが相変わらずであった。

2012年11月1日木曜日

企業倫理

ボランティアで少しばかり仕事のお手伝いしているNPO(特定非営利活動法人)がある。http://blue-sky.or.jp/
受け持っているのは事務局で資料の整理や保存がメインで、NPO本来の活動には直接コミットしていない。けれども資料に一通り目を通すので、本来の活動を通して日本のビジネス社会に於ける企業の振る舞いが目に入ってしまう。

このNPOの目的は、大学と産業界の橋渡しをして大学の研究室で眠っている新技術を社会に送り出して実用化を図ることにある。アカデミックな人が中心で、組織的にもちんまりしてるし、経済的基盤は無いに等しいものである。とは言えNPOが持っている潜在的な能力(ノウハウと言うべきか)には侮りがたいものがあるようで、結構な大企業にとっても利用価値はあるようだ。

そこでNPOとすれば喜んで仲介の労を取ることになるが、大学に眠る技術が実用化されるまでには試験実験を繰り返し、何段階かステップ上がっていかねばならない。この費用の一部は企業側に負担してもらうこともあるが、あっても雀の涙程度。大部分をNPOが公的補助を持って来たりすることはあるが、殆どの場合先生方とNPOメンバーの手弁当になる。また、この段階で必要になる時間も馬鹿にならない。殆どが1年を超すプロジェクトである。

単なる資料整理だけの小生は問題ないが、実務にあたるメンバー(友人)の業務量は相当にハードでもある。その間、企業側は毎回の実験などを見守りながら、企業としての要望で口を挟む程度のものである。でも、金を出さずに口を出すので比較的低姿勢である。しかし、ある程度のプロセスを経て成果が見えてくるとガラッと態度が変わる。

恰もこれまでの開発費用の全てを負担していたような顔で、こちらのNPOや大学又は先生を無視して成果物について企業が特許申請をしたりしかねない。事務担当の身ではあるが実に腹が立つ。日本経済全体がおかしくなったせいか、もの作りで世界に誇った一流企業が恥も外聞も無く、他人の成果を泥棒するような真似をしなければならぬようだ。

数週間前に山中先生のipsをパクって世間を騒がせた森口尚史の偽医師事件に通じるような一流企業の振る舞いに、本日たまたま遭遇してしてしまった。自分自身がコミットしている組織の話で、しかも熱すぎるくらいホットなことなのでこれ以上深く書かない方がいいだろう。パナソニックでさえ大赤字を出すご時世だから、どこの企業も「出すのは舌を出さすのも嫌だが、取れるものはなんでも取ってこい」なのかもしれない。

身の程もしらず「倫理」なんて持ち出してしまった。個人ばかりか大企業に至るまで「貧すれば貪ず」は情けない。

2012年10月31日水曜日

我が日常

ブログはボケ防止にもなると思うので、極力平日の5日は毎日書きたいと思っている。しかし、いわゆる日記のように生活の記録みたい事を書くばかりでは、変わり映えの無い日常なので、子供の頃の夏休みの宿題と同じで毎日同じ内容になりかねない。そこで無理をして随筆風と言うか雑感みたいことを書くためにテーマなんかを決めて見たりしている。ところが元々知識が少ないうえにのインプットも少ないので書くことを探すのが一苦労である。

昨日は夕方までネット囲碁に夢中になってしまい、ついにブログをさぼってしまった。これだけのことで少し後ろめたさを感じてしまうのだから、我が日常のよく言えば規則正しいことの証明みたいものだ。広告会社勤務の現役時代、起床から自宅を出て会社に出勤するまではルーティン化されていたが、会社に着いて帰宅するまでの半日以上は毎日が千差万別、何が起きるか分からない楽しみもあった。

当時は毎日大学ノートに業務日誌みたいものを書いていて、辞める時には相当の冊数になっていたが、何時だったかすべて焼却処分してしまった。時々何かの拍子で、当時を思い出したいと思うことがあるが、もう叶わない。考えてみると、文字に書き残す習慣があったからそうなのかもしれないが、記憶力がよくない。特に一晩寝てしまうと大概のことは忘れてしまう。今もこうやって一所懸命書いているこのブログなるものも、忘れるために書いている気がしないでもない。

読後感なんかは特にそうだ。読み終わって翌日にさっぱり忘れてしまうなら、何のために読んでいるか分かりはしない。「ごはんを食べて排便してまた腹が減るなら最初から食わないでいた方が合理的」とは言えないから、何がしかの栄養分が脳みそにこびりつくことを期待する他ない。今朝見ていたテレビで石原慎太郎氏の海馬は50歳代と太鼓判を押した医者がいた。

我が頭の中を診察してくれた脳神経科の先生は「あなたは痴呆とまでは言いませんが、海馬は年相応に委縮が始まっています。」と太鼓判を押した。人さまざまだから、石原氏のことは偉いものと感心しておこう。でも口惜しいから「こちらの脳みそは毎日シェイプアップしている」と思いたい。体型についても同様だ。仕事をやめて暇になっても、毎日少しずつ運動する努力を続けているので、三食きっちり食べていても10年前に比べて7㌔減らした体重を維持している。

いつまで続くか分からないが、心も体も軽い方が何かと好都合だ。

2012年10月29日月曜日

人の命は儚くて

昨夜来の大雨が上がって清々しく気持ちのいい秋晴れになった。今週半ばには11月、カレンダーも最後の1枚となる。昨日は年賀状の必要枚数を聞かれた。去年と同じでいいよと言ったら「そんなことはないでしょう、あの人もこの人も亡くなったし、これから喪中の通知が増える筈よ。」とのこと。成程と変なことに感心していたら、床屋の待合時間に何気なく見た新聞がプロ棋士の宮本直毅さんが亡くなったと報じていた。

77歳とのこと、サラリーマン大阪時代に囲碁に興味を持つきっかけを作って頂いた方である。東京に戻ってからもずっと年賀状を頂いていた。書道に精進されていたので、いつも筆太な味のある書が画かれたものであった。来年からその年賀状も見ることができないと思うと寂しく思わざるを得ない。宮本先生の豪快な人柄を思いだしながら密かにご冥福を祈った。

このところ毎年のように枚数が減っているが、今年の年賀状もまた昨年より10枚以上は減らすことになるのだろう。中元や歳暮も年を追って減らしているが、やがて全てがゼロになる時までこちら生きるかどうか、家計が持つかどうかとつまらぬことを考えてしまう。ここまで来るとそろそろ相当な不義理をしても、相手にされなくなるだけで彼我共に何も問題はないかな?己に都合よく考えたりしてみるが、これも結構難しい問題である。

自分の大問題と比較して思うのは、やはり再会された茶番国会のことだ。政治家は口を開けば「日本の危機、もう時間は無い」みたいこと言うが、長嶋茂雄氏の名セリフと同じで「日本は不滅、永遠です」だと思う。時間が残されていないのは期限が決められている政治家自身の筈だが、全然わかっていない。己のすべきことを見失って他人の瑕疵をあげつらう彼らに国家の問題意識が有ろう筈もない。

2012年10月28日日曜日

錯覚か単なる惚けか

高齢者が運転する車での交通事故の報道が後を絶たない。せめて自分は人様のご迷惑にならぬよう車の運転は諦めたが、住まいの関係等を考えるとそうもいかない人は多い筈。従って高齢化社会の宿命と諦めるしかないのだろう。
人生50年の時代に生まれ、図らずもか有難いことにか、古希を超え高齢化社会を目の当たりにしている。周りは老人だらけで、何時お迎えが来ても不思議はないのに、まだまだ元気そうな人が多い。

正に己もそうで、「まだ何かやれる、大丈夫」と錯覚しているのは否定できない。一人での山歩きなんか典型的な所作だ。でも婆さん曰く「あんたの山歩きは孫や家族の為になるのだから、多少の錯覚は許される。」と嬉しいご託宣だった。錯覚で迷惑なのは80歳の老人が誰も頼まないのに「何で俺がやらなきゃならんのだ。若い君たちもっとしっかりしてくれよ。」てな科白を吐くことを指すらしい。高齢者が運転する必要もないのに高速道路でスポーツカーを乗り回したら事故を起こしかねない。

政治の世界は特殊な世界だろうから事故は起きないだろう。それにつけても普通の人でも齢80ともなると、意見をしてくれる人はいないだろう。ましてや、20歳代にして天から和尚で他人様や社会のことなど何一つ知らずやりたい放題をしつくしてきた老人の暴走だから、これも敬してと遠ざけるべきだろう。しかし何故かマスコミの皆さんは近寄っていく。これが不思議でならない。それでも流石に今朝8時TBS系列「関口宏のサンデーモーニング」ではゲストの河野洋平氏が石原慎太郎氏について強烈な批判をしていた。

39歳にして自民党を飛び出し新自由クラブを立ち上げたわけだから、今にして思えば大したものだ。総理になれなかった自民党総裁と些か軽く見てきたが、今朝の話を聞くかぎりかなりまともと見直した。年齢も未だ75歳だし議員バッジを外しているのもいい。元議員のコメントを素直に聞けたのは珍しいことだった。役目を終えても見識ある老人にはそれなりの場がある。場違いの場所に顔を出すから錯覚しているだの、死に欲をかいていると言われてしまう。

2012年10月26日金曜日

やれば出来るじゃないか

昨日は特にすることがなかったので、用も無いのに数人の友人に電話をして飯の約束(みんなゴチになる話ばかり)をしたり、先月採血の約束をしていた泌尿器科の医者に行って「風邪気味なので採血は次回に伸ばしてください。」言い訳して薬だけを貰って来たりした。その後で読後感を書いていたら、夕方になって参加しているNPO幹部から電話が来て資料作りを頼まれてしまった。

頼まれると嫌と言えない性格かもしれないが、少し不吉な予感がありつつも気安く返事をする悪い癖である。「明日朝いちばんには上げますよ。」内容はワードで整理された資料を少し整理してパワーポイントに変換すること。仕事から随分遠ざかっていたのでパワーポイントを開くのは久しぶり。大丈夫かなと心配ではあったが、他人が書いた文書の骨格だけ持ってくればいいだけなので、明日を待たず手際よくこなせたと思って、仕上がりを幹部に送付した。

ところがである。再度かかって来た電話で、挿入されている図表に少し手を入れてくれとのこと。これは面倒なので、後継の社長か元スタッフに振るべく電話をする。こんな時に限って全員今夜は手が空かないとつれない話。お金にならない仕事だから無理をいう訳にはいかない。仕方ないので自分で作業を試みる。ところがパソコンと言う代物、少しくらい経験があっても普段触っていないとなかなか思うように操作できない。年のせいか生まれつき記憶力が悪いせいかは分からないが、自転車や自動車の運転とは大分違うと思う。

先ず思いついたのが、イラストレーターと言うお絵かきソフトがあるので、これで開けば何とかなるだろうと、トライすると全く開かない。何でもそうだろうが、最初に思いこんだ道に見切りをつけるのは難しいのか?仕方がないので一から作り直してやろうと思い、帰宅時間を1時間延長して作業に取り掛かった。途中で何度も元スタッフと電話で相談しながらのことである。ところが、これもまた途中で1時間では上がらないことがはっきりした。

勿論慣れている人なら1時間もかからない筈。婆さんと約束していた8時半となると腹も空くのでやっと諦めた。飯を食いながら「今日は折角面白そうなニュースがあると思った瞬間に電話があってさぁ、このざまよ。」と言うと「あんな下らない呆け老人の老害のニュース見る価値無いわよ。」とのご託宣。それもそうだ、早寝して明日早く事務所に行こうなんて考えているうちに「待てよ、入り口を間違えているのでは?」と思いつく。

今朝いつも通りに事務所に来て、昨夜作り掛けたファイルを全部破棄して、改めてオリジナルのワードファイルをいじってみると、何のことはない。簡単に修正が出来てしまった。人間慌てると却って難しく考えてしまうこともあるので気を付けたい。反省しきりの一方でパソコンの機能ワード一つとっても上手くできているし、とても使いこなしていないことを実感した次第。

2012年10月25日木曜日

読後感「マルタの鷹」ダシール・ハメット/小鷹信光訳

72歳の老人である自分の誕生10年以上前に書かれたアメリカのハードボイルド探偵小説、古典の名著らしい。知らずに何気なく手にしたのだが、確かに面白い。言い方はいろいろあるだろうが、高校生時代に西部劇などを見て憧れた男っぽさが生き生きと浮かび上がってくる。1920年代の終り頃といえば、日本は大正ロマン時代で何となく軟弱なイメージに持っているが、彼国ではこんな男っぽい小説が流行っていたのか先ず感心した。

こちらが大学生になったころだから1950年代終り頃から日本でもアメリカのハードボイルドな探偵ものが流行し、同時に日本でも大藪晴彦なんて作家が脚光を浴びて大分読んだ記憶がある。どれも筋書など全く記憶にないが、敵役は大抵ヤクザか不良外国人で、傭兵上がりの主人公がやたらに強く銃器に詳しかったことぐらいしか記憶にない。

当然ながら銃剣等に関する規制が厳しい日本だから、ストーリーがまるで嘘っぽくなってしまう。作者も苦労したのだろうが、現実感が無いので読者としても話に引き込まれないと言うか、波に乗れなかった。それと比較すると本書の背景はサンフランシスコ、実際に見た街の印象が甦り、80年もの時空の隔たりがあるのだから本当は違うのだろう。それなりにしっくりしてくる。

主人公(サム・スペード)の職業は探偵である。これも彼国にはよく似合い、オープンな職業に感じてしまが、残念ながら我が国ではどうしても陰湿な感じになってしまう。最初に登場する依頼人は美人の女性、この依頼を受けたことから始まって主人公が様々な危険に遭遇する。当然ながら、その危機を長年の経験と地元における顔の広さ、そしてお定まりの腕力で乗り越えていくお話。背景がニューヨークでないのも面白い。

次々に登場してくる悪人、ポリス、弁護士、ホテルマンからタクシードライバーまで、皆一癖ありそうだが、現在でも本当に居て不思議はない描き様である。ラブシーンもあるのだが、これが又変にべとべとしないで格好いい本当に主人公がこうまで男っぽく書かれた作品は寡聞にして知らない。著者はアメリカでも人気があったが、第2次大戦後の晩年は赤狩りに会ったりして不幸だったらしい。

日本でも江戸川乱歩氏は、探偵小説としては大分酷評したらしいが私には理由がよく分からない。この小説は3度映画化され、その3度目が1930年かにハンリー・ボガードの初主演で大当たりし、日本でも戦後封切されてヒットしたとのこと。DVDでもいいから是非見たいものだ。

2012年10月24日水曜日

銀ブラ

遅れていた秋もやっと本格的になったのだろうか。東京でも今朝は少し冷え込んで10度くらいまで気温が下がったようだ。町に出るとマフラーをしている人が多い。もっとも最近は真夏でもマフラーをしている人がいるくらいだから、大勢の人が安心して引っ張り出したのだろう。月初にインフルエンザの予防接種はしているが、風邪は別のものらしい。声が涸れてるような気もするし鼻水が出たりする。風邪をひきやすい性質なので気を付けよう。

昼間は秋晴れで素晴らしい天気になったので、久しぶりに銀座をブラブラと歩いてみた。気のせいか外国人が一時より少ないような気がしないでもない。とは言え中高年の人出多いのは流石なものだ。昨夜だったか今朝かは忘れたが、テレビの街頭インタビューに映ったかなり高齢の女性がイヤリングをしていたので、婆さんと笑ったばかり。ところが銀ブラをしていると、そんな女性は腐るほどいる。

銀座で昼飯となると毎回のように行くステーキ屋がある。前にも書いた事がある銀座インズ1 地下1階の素敵庵。ここの昼食時だけの特別メニュー「ビーフカレー」980円は何と言ってもお薦めできる逸品。これを食べに入ったら、カウンターの対角線上に、やはりどう見ても60歳は優に超えたご婦人がお二人が座られた。こちら同様で常連さんらしいが、メニューを開く前に先ず生ビールをご注文になっている。

こちらは毎度のことでメニューを見る必要も無く、ビーフカレーを注文する。月に一度くらいは来ているので、従業員は殆ど顔馴染みだ。それでも毎回「ご飯は大盛りに出来ますが如何いたしましょうか?」「サラダはトマトサラダですが、宜しいでしょうか?」「デザートはバナナプリンかブルーベリーのシャーペットかコーヒーがございますが如何いたしますか?」と同じ質問があって、こちらも又いつも同じ返事をするのも面白い。さて正解は?

ご婦人はビールを召し上がりながら和牛ステーキをご注文になっていた。お二人ともマフラーと軽そうな上着を脱ぐと、洒落たブラウスの胸元にはネックレス、耳には当然ながらイヤリングがさり気なくぶら下がっている。お顔は表現が難しい。「またマフラーを買ってしまった。」なんて無駄遣いを自慢しているのを聞くと、きっと普通の主婦なんだろう。どう見てもお勤めしているようには見えなかった。

他人の会話なんか盗み聞きして行儀が悪いが、聞こえるのだから仕方ない。銀座で他に感じたことは、昔は1軒も無かったお店の入り口に黒いスーツを着たお兄さんが立っている店が多いこと。全て外国の高級ブランド店。こんな入り難い店に入る客の顔を見たいが、流石に入る勇気が無い。日銀に依れば不況が一段と進んだようだし、生活保護世帯数が戦後最大と聞く。銀座を歩いている限りそんな風情は全くない。

2012年10月23日火曜日

マスメディアの関心事

大阪市長を叩いた週刊朝日が大問題を引き起こした。先週末金曜日にバス旅行の友に買いたいと思ったが、手遅れで買えなかったので読んでいない。騒ぎが大きくなったので、余りに品性を欠いたと大凡の見当はついたが、喧嘩を売った相手が悪すぎて少し同情もしたくなる。その事は置くことにして、メディアの別の面について書きたい。

分からない事の多い世の中だが、司法と行政の境がイマイチよく分っていない事を予め言っておきたい。分立なんて言ってはっきり線引きされるのがいい訳ではないだろうし、社会に貢献するために互いに協力するのは大いに結構だと思う。法務大臣の辞職報道に接してふと思った。当然ながら警察や検察の不祥事が重なった故の引責ではない。メディアに旧悪を暴露され引き摺り下ろされたに他ならない。

そもそも法務大臣は閣僚名簿のトップに上げられ、いかにも偉そうに演出されているが、過去の誰をとってもあまり印象に残る仕事をしているようには思えない。印象に残るのは唯一、田中角栄氏逮捕の時にトボケて故郷の川で釣りをしていた稲葉修氏くらいだ。法務大臣ほど歴代官僚の言いなりになっている大臣はないのではなかろうか。

大臣からすれば下っ端の官僚だが、警察官や検察官はどうしても司法の人間と錯覚してしまう。普通の人は違うのかもしれないが、少なくとも小生はどうしても正義の味方と思い込んでしまう。しかし、そのトップに立つ大臣だけは、選挙で選ばれた普通の小父さんなので何か違和感があって仕方がない。トップより下っ端が偉く、トップなんか居ても居なくても同じこと。

事務次官から下は庶民感覚から全くかけ離れた世界で、普段からやりたい放題をしているようだ。従ってどんな不祥事が起きようと、稀に組織上の問題を指摘されようと屁の河童。精々トカゲの尻尾を切り捨てるだけで凌いでいる。それこそ極々稀に、例えば郷原信郎氏のように検察内部から問題を指摘する声が上がっても政治家やメディアはフォローしない。

田中慶秋氏が善人とも思えないし、事実を暴露すること自体否定するつもりもない。しかし大臣は怖くないから、田中慶秋氏のように滅茶苦茶ぶっ叩くが、警察や検察官或いは組織そのものに対しては知らん顔をする。これで日本のマスメディアは本当に言論の自由や民主主義を守ることができるのだろうか?

2012年10月22日月曜日

上高地紅葉狩り

先週の初めに「今度の土日はどうしても夕飯を外で食べてきてほしいの。土曜が短大の同窓会で、日曜は孫の幼稚園がバザーを開くので母親が参加せねばならないから、娘の家に行って夕飯を支度しなくてはいけないので。」と言われていたが、今月は山に2回も行っているし、土日は台風も来そうだから近くのファミレスと焼き肉屋で夕飯を食おうと決めていた。

ところが木曜日の夜になると22号台風はとっくにいなくなり、21号も日本を避けるように進む事がはっきりしてきた。そして婆さんが言うには台風一過で天気がよくなりそうよとのこと。彼女としては爺さん一人がその辺でみすぼらしく夕飯をするのは聞くに忍びないらしい。暗に山に行くことを進めている訳だ。不思議なことに婆さんが薦める日に出かけると不思議に天気がいい。

では、どこかに紅葉でも見に行くことにするか、明日一番で手配してみよう。
約束して金曜日の朝、今年は上高地に一度も行かなかったので行ってみようと思って、先ず高速バスを見ると幸いにも土曜日の域も日曜の帰りも予約ができた。しかも帰りはお誂え向きで新宿着21時の便がぎりぎりだったが取れた。次に定宿にしている上高地アルペンホテルに電話を入れてみた。当然ながら満室にてお断り。五千尺ホテルなら泊めてもらえそうな気もしたが、料金を考えるとさすがに電話をする気にならない。

それで思いついたのが、山小屋の岳沢小屋、ここのホームページはちょいちょい覗いていたので、宿泊客を取っていることは知っていた。同じ上高地でも標高が600mほど上にあるので一寸したハイキングにもなる。以前(2006年9月)行った時は雪崩で流された小屋を再建中で、戸板の上に置かれた金盥の中に飲み物が浮いていたような状態だった。立派に再建されたのは十分知っていたし、普通の山小屋と異なり完全予約制も知っていたので一度行ってみようとは思っていた。電話をするとすんなり予約が受けられた。

上高地発は何時ですか?と聞かれたので「バスで行くのではっきりしませんが、多分13時頃になると思います。」答えると「では気を付けてお越しください。」とのこと。確か登り3時間くらいかかったような記憶もあるが、一般的に上高地を13時発でもそんなに危険はないらしい。9時前に手配を完了して家に電話をすると「きっといい天気になる筈よ。何か買っておく物はある?」と声が弾んでいる。

土曜日はいつも山行きのように5時起きして朝飯にを済ませて新宿に向かう。
正に行楽日和で、バスの乗り場は早朝から大勢の観光客が集まっていた。旅も定石通り道路の混雑で大分遅れて上高地に着いたが、ここも素晴らしい天気で、思ったほど木の葉が散っていない。やはり今年は異常気象で紅葉が遅かった分散るのも遅れているのだろう。なんて考えながら早速山歩き。気候が良いせいで快適そのもの、汗が出るのも遅いし、喉も乾かない。

小屋について眺めると未だまだ小屋周辺も鮮やかな紅葉である。小屋は空いているし、相部屋の人との話も楽しかった。翌日は調子に乗って、つい先日もう登ることを諦めるつもりにしていた本格的登山が出来てしまう幸運に恵まれた楽しい週末だった。

21日山の記録は下記でご覧ください。
http://www.yamareco.com/modules/yamareco/userinfo-7572-prof.html
http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-237281.html

2012年10月19日金曜日

復興予算

今は昔の話で記憶する人は少ないだろうが、田中彰治と言う代議士がいた時代があった。政治には何の興味も関心もなかった頃だから随分昔のことではある。なのに何故この名前を記憶しているか?彼は既に日本の伝説と化した田中角栄氏と同時代に同じ新潟から選出されていた。それだけであれば記憶に残る筈も無いが、彼がマスコミから政界の「マッチポンプ」なる異名を授けられたことが大きな理由だ。

それまでは「マッチポンプ」なんて言葉を聞いたことがなかったので、大変面白いよく出来た造語と思ったのだろう。詳細は分からないが、なんでもこの人は「マッチポンプ」が得意で随分政敵を陥れたらしい。そんな技を得意とするくらいだから、自分でも相当後ろ暗い事を沢山していたようだ。結局最終的には天網恢恢で、お縄を頂戴する羽目になり政界から追放された。当時は初心でものを知らな過ぎたのかもしれない。政治家としては非常に珍しい性格の人と思ったので記憶に残ったのだろう。

当時も大人たちは、政治家なんて同じ穴のムジナで50歩100歩と見ていたのだろうか?あれから約半世紀、大人を通り越して今政界を見て思うのは、
政界に蠢く人種「政治家」とは一体なんだろうと言う疑問ばかりだ。確かに全員我々が選挙で選んだ人ばかりである。投票に当たっては、なにも分からずやみくもに名前を書きました、義理で書きました、お金を貰ったりしたので書きましたなんて人もいるだろう。そんなことは全部ありでも仕方ない。だから政治家は悪い人だなんて言いたくない。

問題は政治家の性質である。家で婆さんと政治家の資質について、歴史を知らなすぎるとか、日本語を知らないとか誰彼かまわず悪口を言って喜んできたが、それ以前の問題である。誰を見ても根っからの虚言癖(一種の病気らしいが)か相当性格が悪いように思い始めている。国会に屯する全員が冒頭に書いた田中彰治氏と変わるところのない悪人かもしれない。今は復興予算の使い道について問題になっていることが誰かのマッチポンプと言われているが、その限りではないだろう。

「嘘をついてはいけません。」と厳しく責められているのは総理大臣だが、古来ただ一つ嘘をついても善いとされたことで責められるのもおかしな話だ。
そんな嘘以外にもっと責められるべき嘘が沢山あるだろう。原発事故に関する事を書きだしたらきりがないが、そもそも復興庁なんて役所を作ること自体が、復興を非能率・非効率の始まりであることを指摘する人が多い。ただでさえ縦割りで省益に頼る役人の世界に、僅か300人規模の小役所を俄か仕立てをしたので、現地被災者には相当な不都合が発生しているそうだ。

実に容易に想像できる。兎に角昨今国会を巡る報道に関しては首を傾げざるを得ないことばかりだ。根性のねじまがった嘘つき同士が己を棚に上げ、極めて低次元の事柄で互いに罵り合うのはいい加減でやめて、東北地方の復興を真剣に考えてもらいたい。現在ほぼ10年と予定されている復興だが、スーパーゼネコンにプランから丸投げすると5年で片付くだろうとの記事を目にして考えた。

2012年10月18日木曜日

マスコミのインパクト

いつどこで読んだか記憶にないので真偽のほどは定かでないが、マスコミは「社会の公器」であるから消費税を免除されるとの報道があった。別に新聞テレビだけが「社会の公器」ではないだろうが、その一角を担っているのは間違いない。しかし所詮報道に携わるのが全て人間であれば、時に勘違いも早とちりもあるだろう。まして、神のように常に不偏不党絶対正義を掲げられる筈も無い。

新聞の社説などまともに読んだことないが、A新聞が財界よりであろうとB新聞が労組よりであろうと、それはそれで結構だと思うし、むしろもっと旗幟が鮮明になってもいいだろうと思っている。しかし「誤報」は許されない。
又その誤報を面白がって書くのも如何なものだろう。結局尻馬に乗って誤報の上塗りをしているようにしか思うのは吾輩だけだろうか?

許す許さないの問題ではないが、どのマスコミをとっても題字やアナウサーの顔は多少違っても、形態から内容に至るまで、どうしてこんなに同じでなきゃならないのか。全体主義国家でもあるまいに、北朝鮮と並んで地球に残された最後の社会主義国家と揶揄されても仕方ない理由の一つだろう。中国語が出来ないので間違っているかもしれないが、中国の壁新聞やテレビ放送でさえもう少しバラエティーに富んでいたような気がする。

もっと気になるのは圧倒的までに官憲に弱いことだ。税金を負けてもらうのだから仕方ないと言えばそれまでだが、ならば「社会の公器」なんて胸を張らないでもらいたい。過去に於いて戦争に協力したとかの問題ではない。表に出てきはじめた脅迫メールでの誤認逮捕問題である。警察が誤認逮捕した人に謝罪する意向なんて報ぜられている。誤認逮捕と書けば恰もうっかりミスみたい感じだが、無実の人間を引っ括って、江戸時代のような拷問があったかどうか知らないが泥を吐かせるのは、どう考えても一種の犯罪ではないだろうか。

報道内容がこちらの感覚がずれていることは他に多々ある。例えば靖国神社秋季大例祭への政治家の参拝。こんなことを特筆大書してどんな意味があるのか?政治家の方から取材してくれと頼まれるのかね。どうせだったら1社でいいから小泉元総理が今年何回靖国神社を参拝したか報道してもらいたい。小沢一郎氏が検察のターゲットにされた件も皆書き方は同じこと。マスコミでは本人も未だに犯罪者のように扱われている。秘書さん達はたとえ無罪になっても、政治報告書記載ミスは厳然たる事実だから誤認逮捕とは言えないだろうし、検察からのごめんなさいも無いだろう。

余談に及んでしまったが、マスコミ報道に関わる諸氏に言いたい。諸君の発信する情報は良くも悪くも非常に大きなインパクトがある。政権が代わろうと我が国の根本は官僚が握り、何も変わらないことが明らかになってきた。マスコミの諸君がこれを見て見ぬ振りをしている限り、日本は変われないだろう。他人の尻馬に乗らず、もう少し気概を持って個別に真実を追求してもらいたいものだ。

2012年10月17日水曜日

全て選択の結果だ

既に70年を超えた人生だし、日々しなければならない用事は皆無に近いので、来し方を振り返ることが多いこの頃である。直近の二年ほどは毎月のように山歩きにをして遊んでいるが、考えてみると下界が余りにつまらないので憂さ晴らしをしている感が無くも無い。仕事を失った自分自身のこともあるが、民主党と新政権に対する失望に加え昨年311の東北沖地震に始まった大災害で社会全体が暗くなっていることもあるような気がする。

過去を振り返り暗い気持ちになっても始まらないので、何とか気持ちを新たにして前向きになろうといろいろ考えた。昨夜ふと良い事を思いついた。これまでの日々を思う時、期待したようにならなかったことは腐るほど有り、思い通りかそれ以上の結果が得られたことは本当に稀である。しかし何れにせよ、そのどれもが自分の選択の結果であることに思いが至り、非常にすっきりした気分になった。

子供の頃から他人に強制されて不本意な事をした記憶は無いに等しい。深みにはまって溺れようと木から落ちて怪我をしようと、全ては自分が選んだ道であった。本当は他人の言うことを聞いていた方が無事で上手くいくことが多いものだ。特に親や祖母の言うことは正しいことが多かったと今では思う。随分それに背いて苦い経験を重ねてきたものだ。しかし全て自ら選択したことであるから、結果を振り返って残念に思っても、深刻に後悔する訳にはいかないだろう。現在の自分を思って全て善しとすべきだ。

恐らく残り少ないこれからの人生でも、何らかの選択を迫られる場面は幾たびか出てくることだろう。つい先日も友人との雑談で、ご多分に漏れず健康維持の方法から病気と死の話になった。ここばかりは避けて通れない。特に「癌」については予防法をあまり聞かないし、身に覚えが無いわけではない。泌尿器科で前立腺癌の疑い益々濃厚と言われているので正直怖くて仕方がない。友人によると今では癌治療法も随分進歩しているようでもある。

但しメニューが幾通りもあり、それぞれの費用が結構な金額に上るものもあり、それこそ選択を迫られることになりそうだ。帰宅して婆さんに「互いに癌を宣告されたら、これ以上の長生きを望まないようにしようぜ。」と言ったが、実際その場になったらどんな道を選択することになるやら。やはり将来は常に深い霧の中にある。

2012年10月16日火曜日

放置できない知恵比べだぞ

台風が遥か南で又発生しているようだが秋らしい日が続いている。大雪山系には初冠雪も観測され、陽も大分短くなってきている。好むと好まざるとは関係なく季節は巡り、個人的には何事も変わらぬ平凡な1日が暮れてゆくのみだ。マスコミの報道でも、なんでこんな下らなうことを長々と追いかけるのか不思議に思うことばかり。特に競争する他紙がチョンボをしたので愉快なのか知らぬが、iPS細胞移植のインチキ話には辟易する人が多いと思う。

現在最も興味があるのは、昨日報道されたなりすまし脅迫メール真犯人からの告白メールだけだ。間違って逮捕された人が二人だけかと思っていたら、既に8月から脅迫メールは発生していて、犯人に仕立て上げられた人までいるらしい。完全な冤罪事件だと思うが、警察や検察へのマスコミの追及は何故か甘い。何でそんなに遠慮しなきゃならないのか、警察や検察とマスコミの癒着故に決まっているが、今日言いたいのは別のこと。

昨日テレビを視聴していると、心理学者の余り意味のない解説の後で、情報セキュリティーの専門家なる人が「真犯人に辿り着くのは難しいと思う。」みたいことを言っていた。一寸待ってほしいと言う気持ちだ。通信のプライバシーとか難しい問題が多分にあるにせよ、この程度の悪戯(か本気か分からないが)を見過ごされたのではたまったものではない。冤罪の多発を恐れるのは勿論だし、今後インターネットを利用する犯罪がますます高度化していくのは自明のことだ。

サイバーテロが時々取り沙汰されているように、それこそグローバルな視点に立てば、情報インフラを利用したテロとその防御に関しては国家単位で取り組む大テーマである筈。大げさに言えば、サイバーテロで鉄砲から1発の弾を撃たなくても、狙った国を無力化できるとさえ言われる。そのため国によっては軍と警察が協力して専門機関を立ち上げ研究と対応をしていると聞く。

ネット環境の整備については世界でも有数ではないかと思う我が国の取り組みは一体どうなっているのだろう?昨日の報道からすると、少なくとも警察分野ではあまり進んでいないのではないだろうか。たまたまテレビでコメントを求められた専門家が場違いの人間であれば幸いだが。つい先頃までホームページの制作や管理について仕事にコミットしていた関係で、多少ネットのセキュリティーに関心がある。

前述の通り通信のプライバシーや表現の自由など難しい問題があるのも承知だし、中国のようにインターネットが国家権力で好きなようにされるのも問題ではあろう。しかし今回程度の悪戯(?)を放置せざるを得ない程度の技術力しかないとすれば、それも大問題だろう。日米安保条約に基づいて米国の協力を仰いでも犯人は特定すべきだ。

2012年10月15日月曜日

無用のものなんかありゃしない

普通に暮らしていても日に日に衰え機能低下していく我が身だが、先週の山歩きで不注意から左中指を突き指してしまった。第2関節周辺が腫れ上がって痛いので馴染みの接骨医の先生に診てもらうと、やはり筋が何本か切れているらしい。筋とはどんなものなんだろう?筋肉と言うと何となく肉屋の店頭に並ぶ肉をイメージできるが、その中の筋となると人肉を直接見たことがないのでイメージし難い。

骨は筋肉に守られていると理解している。しかし筋が肉に守らているのか、肉が筋に守られているのかよく分からない。筋の形状となるとこれまた更に分からない。安い肉料理を食うとびっくりするくらい太い筋に出会うことがある。あんなものが指に絡みついている筈も無いだろう。関節を覆う筋って絹糸や精々木綿糸程度かな、いや指の関節はしょっちゅう使う所だからバイオリンのストリング程度はあるのかな?

考え始めると分からないことだらけで面白い。何れにせよその筋が何本かあって、そのうちのどれかが切れているのだろうと勝手に決め込んでいる。既にじっとしている分には痛みは無くなっているので比較的軽症ではあるようだ。でも拳骨は握れないし、一寸負荷が掛かると痛い。五本も指がある上に利き腕と反対の左手の事だ。大したことはあるまいと思うが、生活の中で様々な不都合が生じる。

今書いている日記もただでさえキータッチのミスが多いのに、それが倍以上になる。茶碗を持つのも不自然になるし、布団を上げるのも容易でなくなる。改めて人体とはよく出来たものと感心せざるを得ない。ひょっとしたら不必要な機関は何一つないのかもしれない。先生によるともう暫くはテーピングなんかで固定して安静にすることが大事とのこと。「一昨日と昨日泳いできたよ。」と言うと「余り感心しませんね。」と叱られてしまった。

「身を立て道を行い、名を後世に揚げ、以って父母を顕わす」ことは敵わないが、せめて「身体髪膚これを父母に受く、あえて毀傷せざるは孝の始也」は肝に銘じ、身体は全て親からの賜物、これからも無理と無茶はせず大切に扱つかうつもりだ。そうすれば京大山中伸弥先生の半分ぐらいの孝行はした勘定になる^^。

2012年10月13日土曜日

読後感「ブラックアウト」マルク・エルスベルグ著

オーストリアのコラムニスト(現地ではかなり有名らしい)が日本の311災害(2011年)に触発されて著したパニック小説。友人がブログで紹介して面白そうなので読んでみた。舞台はヨーロッパからアメリカまで及んでいる。但しアメリカ大陸部分は完全な蛇足。思うに、日本の東北地方を襲ったような災害が、ヨーロッパを襲ったと想像し始めて、何処で筆を止めていいか分からなくなってしまったようだ。

EUが今年のノーベル平和賞を受賞する事になった。行ったことがないのでイメージし難いが、元々27か国が一つの国になっているようなそうでないような。はっきりしているのは英国は別として地面が繋がっている(英国だってトンネルで繋がって入るらしい)。従って電線が国境を越えて繋がっているらしいことは容易に想像できる。著者が未だ45歳と若く、現役コラムニストと言うこともあり、ITに関する知識で決定的な差があるのだろう。

常識と認識して書いているのだと思うが、パソコンやインターネットと電波通信に関する表現で意味が分からない場面が時々出てくる。その上にヨーロッパは広い、土地勘が全くないので、地名が舞台設定の切り替わりになっているのだが、それぞれのポジショニング、関連性についてイメージしにくいのも困る。登場人物も必要以上に多いので、上下巻合計すると約1千頁のボリュームなる。年配の方にはお薦めしにくい。

話の発端は津波や地震ではなく、最近我が国でも社会問題になりかかっているハッカーの意図的なハッキングから始まる。しかも仕掛けられる対象がイタリアとスェーデンのスマートグリッド(最近我が国でも導入をという声が高まりつつある電力を最も効率的に消費する仕掛け)、この辺から既に分かり難いかもしれない。ここにメキシコとトルコだったかなネット経由で入り込み、送電所に過負担が悪さがされて一部地域の停電を誘発される。

この停電がきっかけでヨーロッパ中の発電所に異常が連鎖して大パニックになるお話。但し、電気や水道のライフラインが止まった時と原発が事故った時の市民の混乱、行政の対応などは東北大災害を報道だけで認識しているのだろう。描写がどうしても甘くなったり、不必要に過大になるのは否めない。
事件発生から僅か12日目にハッカーグループが捕まり、メデタシ、メデタシとなるのもやはり実体験が無いので仕方ないのだろう。

デジタル化した世の中は便利に違いないが、地震や津波でなくてもとんでもないところに危険が潜んでいることだけは強く印象付けられた。

2012年10月12日金曜日

北八ヶ岳の紅葉と友人との会話

一昨日午前中に日記をアップして、昼から高速バスに乗り八ヶ岳山麓の別荘地に11年前に移住して定住している友人宅に行ってきました。一宿二飯の世話になり、昨日は朝から北八つの天狗岳に案内してもらい、八時過ぎに帰宅しました。一昨日朝までの天気予報は雨でしたが、さすが降雨量が日本で一番少ない長野県中央部だけに一滴の雨に会うこともなく、快適なハイキングを楽しむことができました。

山歩きについてはいつものようにヤマレコに詳しく書いていますので、下記をご覧願います
http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-233241.html

彼とは小学生の頃からの古い友人であり、奥方も結婚当初から良く知っていますので、いろんな話に花が咲きました。いつも感心するのですが、お二人とも地域社会に積極的に関わり、地域のリーダーとして活躍しています。長野県諏訪郡の人口1万人足らずの村に出現した別荘地に定住する人も増えていて、ここの自治区の取り纏め役としての苦労が結構あるようです。マスメディアやネット情報からは伺い知る事の出来ない人間模様、実に興味深く、近所付き合いを全て家人に任せきりでは人間として一人前になれぬことを痛感させられました。

元々が別荘地ですから、只でさえ人間十人十色の考え方暮らし方の相違が一層複雑になるようです。東京世田谷区の高級住宅街でさえ、隣人トラブルから元警官が人殺し事件を起こしてしまう世の中ですから。もっとも、これについては家人に言わせると「殺された婆さんが悪い。」そうですが。そこを調整しつつ古色蒼然の村落共同体と調和させる能力はには敬服するばかりです。一流企業の海外部門で長年管理調整機能を養ってきた賜物だろうと思った次第です。

高齢化集落の現在と中期見通しのの他にもう一つ感心したのは彼がiPadとスマホを使い始めたことです。完全リタイアして山とスキーに専念してばかりかと思いきや、優秀な人はいつになってもライフスタイルのどこかが違うのかもしれません。地方新聞の他に日経を購読するだけでも「何故?」と思ってしまうのにです。しかし話を聞くと「なるほど便利なもの」と思わないでもありません。しかし当面はガラケイ(ガラパゴス化した携帯電話を言うそうです)を買い替える勇気はありません。やはり最大の問題はコストと言うことかもしれません。

2012年10月10日水曜日

少しは見倣え「第一回 米国大統領選TV討論」

連休後はノーベル賞受賞が決まった山中先生のニュースが殆どで、日本の馬鹿な政治家の顔を見る機会が減るのは嬉しいが、政治関連で報じられるのは反対政党への非難ばかりである。今少し真面目に考えてもらいたいので参考になりそうなことを少し書く。

先週3日にコロラド州デンバーで行われた米大統領選挙の第1回目の討論会が行われた。日本での報道では、映像で何となく落ち着いた雰囲気だなと分かるのみで、具体的な内容はネットでも参照しない限り全く分からない。例えネットを参照しても、英語がチンプンカンプンでは同じことである。

日本では具体的内容報じないくせに、結果は共和党のロムニー前マサチューセッツ州知事の弁論が冴え優勢で、オバマ大統領の守勢に回ったので、支持率で優勢であったオバマ氏が支持率を落とし選挙がますます接戦になっていると、相も変らぬ政局絡みのことばかりが報道されている。従って、米国といえど日本と同様で政治家の論戦とは、内容的に汲むべき事は皆無にして、クイズ番組出演のタレント一騎打ちと同レベルかと思っていた。

ところが、連休中のメルマガをチェックしていて面白い記事を発見したので紹介したい。ニューヨーク在住の作家冷泉彰彦氏の『from 911/USAレポート』からである。どちらが勝ったとか負けたとかでなく、先ず冒頭に「具体的な政策を巡って細かな点まで理解した、優秀な政治家同士のちゃんとした論戦であった」と明快に述べている。

山中教授がノーベル賞を受賞したり、スポーツ選手が国際的に頑張ったりしてくれて嬉しい限りだが、政治家が己の使命を何と心得ているのか知らぬが、頭の悪さと品位の欠如にはつくづく嫌気がさすばかりだ。本当はアメリカを礼賛したくないのだが、下記を読む限り「爪の垢でも煎じて飲め」と言いたい。

以下【】は上記メルマガからそっくり引用

【今までのようにキャラクターの「噛み合わせ」が不協和で、得意分野ではペラペラ喋っても、苦手な話題は避けたりすることがない。どちらかの主張が尻切れとんぼになったり、話題が曖昧なままで終わったりということもない。言ってみれば、極めて実務的に進行したのです。
また、双方共に露骨な中傷作戦は取らず、TV討論としては、例外的なまでに「品位」のあるものであったと思います。宗教や人種を巡る変化球作戦もゼロでした。

ロムニーはリビアでの米国大使暗殺にからんで、同国での「アルカイダの暗躍を許した」政権の失態を追及するかもしれないという噂がありましたが、それもなし。一方のオバマに至っては、ロムニーの「政府に依存している47%」うんぬんという大失言に関して攻撃を加えることを全くしなかったのです。

極めて特徴的だったのは、この90分に及ぶ討論の底流には、一つの大きなテーマが一貫していたということです。それは「財政規律」という問題です。特に2004年11月に、大統領の超党派の諮問委員会がまとめた、非常に厳しい財政規律案である「シンプソン=ボウルズ案」について、両候補が真剣に意識していたのが印象的でした。

勿論、民主党のオバマと、共和党のロムニーは、正にこの問題について、180度異なる哲学を持っているわけです。ですから、言い方も、そして言っている内容も正反対からのアプローチになるのですが、一貫して二人とも真剣に財政規律の問題を意識し続けていたというのは、特筆していいと思われます。】

今日は昼からまた信州に出かけるので簡単な思い付きを早めに書いた。

2012年10月9日火曜日

奥山に紅葉たずねて

連休とは関係のない身でいながら3連休と聞くと何となくそわそわしてしまう。天気も良さそうだったので志賀高原大沼池や横手山の紅葉でも楽しもうとバス旅行に出かけた。長野行のバス料金が往復で5千円に値下がりしていたのに先ず感激。

確かに紅葉も始まっていたが、残念ながら天気がイマイチで、エメラルドの湖畔に燃えるような赤や黄色の紅葉と言う訳にはいかなかった。でも、しっとりした雰囲気で山の秋を感じながらのハイクはそれなりに精神の善き栄養であったのは間違いない。特に弟から借りた熊鈴、これがまるで仏具のように大きく重いもので、何と言えない善い音色で、途中すれ違う大勢からのハイカーから「なんて素敵な音ですね」と褒められた。

9時半から歩き始めて午前中は辛うじて持ったが、昼頃から雨になってしまった。午後から横手山に行く予定にしていたので、硯川からバスに乗らなければならない。このバスの発車時刻が12:27の次が13:58と妙な間隔になっている。

事前に調べてはあったが、もう一歩のところで前者をに乗り遅れて濡れたままで1時間以上バス待ちをする結果になってしまった。体温が急速に下がっていくのが感じられ、風邪をひくのが心配になったが、その夜世話になった弟の家には温泉が来ている。

正にかけ流しの温泉に浸った心地よさは「極楽、極楽」だった。

写真などはこちらからご覧願います。
http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-232103.html

2012年10月5日金曜日

勘違い 錯覚

たった今ここで漢字に変換して「感違い」でなくて、正しくは「勘違い」であることを知った。ことほど左様に知らない事、知っていても勘違いする事、錯覚で正しい事とは別のアクションになる事。少し脳みそのキャパが乏しい自分でなくても、世の中に間違いのもとは常に転がっていそうだ。パソコンが正しい変換をしてくれるなら問題ないが、変換一つとっても「返還」もあれば「偏官」なんて言葉も出てくる。

言葉について用語用法の間違いはNHKのアナウサーでさえしょっちゅうのことだから、爺のブログがかなり出鱈目なのはお笑い草でお許し願えるだろうが、笑って済まされない勘違いや錯覚は驚くほど多い。昨夜は浴室で洗面器に水を張るつもりで、蛇口のレバーを上げてしまった。当然ながら冷水が頭上のシャワーから飛び出し、心臓麻痺を起こしそこなったし、シャワー序でに言えば、トイレのシャワーで止めるボタンのつもりでシャワーボタンを押すこともよくある。

痴呆初期の老人特有の事ではあろうし、半ば自覚もあるので70歳になった時自動車運転免許更新を諦めた。人相風体からすると、髪の毛を見れば一目瞭然なのだが、山なんかで「お若いですね」なんて言われて喜んでいることからすると、年齢より若く見られることもありそうだ。外見から他人の老化の程度をを判断するのも難しいし、自覚も難しいのだろう。今年の初夏に脳神経内科で精密な検査をしてもらって本当に良かった。

都の老人健康診断にオプションで癌検診(受診経験はない)があるが、脳検査を追加する事の方が必要だと思う。癌はそのうちに自覚症状が出るだろうが、脳は放っておけば酷くなる一方で永遠に自覚には至らないと思うからだ。
年寄りの交通事故防止に70歳になると免許更新時に特別の検査がある。友人に聞く限り、実態的にはほとんど無意味な検査らしいし、ここで更新出来なかった人の話を聞いたことがない。

警察に意味のある検査を求めること自体に無理があるし、意味があるものだったらアクセルとブレーキの踏み違いによる事故はもっと減っているだろう。敢えて同輩のことばかり書いたが、科学的医学的からはどのように言われているか知らないが、同様なことは若年でも十分起こって不思議ないように思う。まして若い時は酒に酔ったり、仕事やらで強いストレスを受ける機会が多いものだ。昨日は高検の部長検事(58歳)が酔って電車のドアにに悪戯を仕掛けて逮捕されている。

このことも笑い事では済まぬかもしれないが、他人の生命に関わる職業の場合は深刻だろう。医療関係は勿論、交通機関の運転士さんをはじめ原発の運転に従事する人、ミサイル発射ボタンの前に座る人、世界中に大勢存在する危機への対応を職務とする人達の脳神経的な健康が気にならないと言えば嘘になる。

2012年10月4日木曜日

文明とは?

2週連続で台風の直撃かと心配したが、幸い都心は大したことも無く、壊れ雨戸を引き出す心配をしなくて済んだようだ。今朝は台風一過の秋晴れ、天気は人間の気持ちに大きな影響を与えるようだ。昨日はブログを書く気も起きなかったのが、今日は朝からパソコンに向かう気持ちが湧いてくるから不思議なものだ。

昔かれこれ20年以上前になると思うが、パソコンが流行り初めで、当方としては遅ればせにワープロを買おうかどうか迷っていた頃のことだ。通産省との会議で、若手の技術系キャリア官僚がノートパソコン片手に現れた。メモを取る代わりにパソコンのキーボードを叩くのを見て、感心すると同時に不思議な感覚を覚えたのを記憶している。

当時役所の机の上は書類と紙封筒、風呂敷包みの山で、山が大きい人ほど仕事が多いと思っていた。また、霞が関官僚の特技と感心したのが、彼らのメモを取る速さだ。学生時代に勉強をしなかったせいもあるのだろうが、当時も今も人の話を聞きながらどうしてもメモを取ることができない。大事と思った事は会社に帰ってその日のうちに、記憶を頼りに日記みたいメモを書く。

高々数時間以内のことだから、その場のメモは要らぬだろうと勝手に理屈をつけていたが、そんなことはない。おそらく人一倍頭が悪いと言うか記憶力の無い小生のことだ。雑駁な職業であったから間に合って今日に至ったが、どう考えても緻密な折衝が必要な世界では通用する筈も無い。未だに拭いきれない劣等感から話が横道にそれてしまった。

あれから20年ほどか、今や官僚はおろか物書きが商売の新聞記者の果てまでノートパソコンをメモ代わりにしているみたいだ。小生ですら毎日ポツンポツンとキーボードを操作するのだから、想像するに机に向かって事務をする者で筆記メモを取る職業人はいないのではとさえ思えてくる。暮らしの中で世の中の変化にはなかなか気が付きにくいが、改めて考えると実に大きいものがある。

恐らく変化のスピードは過去から未来に向けて幾何級数的にアップしていくに違いない。同時に人間の能力の何かが反比例して劣化していくのもやむを得ない事なのだろう。子供の頃に見た漫画に将来の人間像があり、頭だけが馬鹿でかく身体が極端に小さくなっていたのを記憶している。僅か数十年であるが、様々な世相を思うと果たしてそうであろうか?

残されている遺跡から類推しても、数千年前の人類の叡智は現代人に匹敵すると聞く。遠くエジプトや中国の歴史を検証・比較するまでもなく、てっとり早く日本の江戸時代・明治時代の先祖と比較するだけでも、身体より脳みその劣化の方が心配になってくる。

2012年10月2日火曜日

言論が売り物?聞いてあきれる

命旦夕に迫った病人が、新しいスーツを仕立てて近所を徘徊するが如き内閣が発足した。1内閣1閣僚が謳い文句だった民主党で、野田内閣で3代目、初代鳩山内閣から勘定すると8代目になるらしい。いくらヤケクソにしても、ここまで国民を愚弄して持てる権力を濫用するものか、とあきれるより感心してしまう。

自民党政権時代、行政における政治のコミットについては、政府に送り込まれている政治家より、各分野の部会を取り仕切っている専門家が取り仕切り、所詮送り込まれるのは論功行賞や泊付の操り人形とみていた。それが民主党政権になり、政府3役が本気で仕事をすることになると聞いて期待もしたが、結局経験のない政治家の無力さばかりが露呈する結果になってしまった。

極めて残念ではあるが、せめて蟷螂の斧でもいいから最後まで政治主導の姿勢だけでも貫いてほしかった。国会議員とはもともと皆同じなのかもしれないが、若い民主党が態々自民党の悪いところばかり真似をしてどうするのだろう?次の次の選挙がいつになるか分からないが、野田さんには4年か5年後に捲土重来を期しているとは到底思えない。

維新の会に走っていった人に同じで、次のステージで誰と組むかしか考えていないように見える。彼も頂点を極めたのだから、バッジを外した方が善い。それにしても現代の政治家の言葉ほど空虚なものは無い。報道を通して聞こえてくる彼らの言葉で「あゝ、こいつは本当に真剣に考えているな、悩んでいるな。」と共感を覚えるものに出会った験しがない。矛盾だらけの口から出まかせ、嘘八百、よくも白々しく喋るものよ。

領土問題や安全保障と沖縄が絡む日米関係、中国をはじめとする外国との関係等々、書き出せばきりがないし昨日も少し触れたばかりなので措く。今日書いておきたいと思ったのは原発問題だ。与野党どの政治家の発言を聞いても、選挙の争点にはしたくない思いがありありで、意味不明のことばかり。強いて言えば、河野太郎氏が核燃サイクルに対して明確に異を唱えているが、彼とて原発そのものから脱却すべきとは言っていない。

そん所そこらの無人島とは比べ物にならない広い国土の一部を、日本国は福島県において放棄せざるを得ない事態を目前にしながら、政治家は誰一人明確なメッセージ未だに発していない。事故の収束宣言だけは早々と出しながら、10万人以上が避難を余儀なくされている被災地域に対する手当、全てその場しのぎに終始し、今後の進むべき道筋は何も決まらず計画すら明確にすることができない。

与党政調会長に出世した細野氏や留任が決まった枝野経産相も、口先では被災者の立場に立つようなセリフをいつも言っている。しかし実態は電力産業や経済界に逆らえないのだろう。「何を今更そうまで経済界に阿るのか、選挙が怖いなら恐いとはっきり言えよ。」と言いたくなる昨今だ。

2012年10月1日月曜日

敢えて領土問題について

最近日本は中国や韓国との関係がかなりぎくしゃくしているようだ。現政権の外交が下手ということもあってアメリカとの関係さえうまくいっていない。ミャンマー辺りは親日的とテレビで言っていたが、ロシアとも上手くいかないそうで、隣近所全て付合いが上手くいかないとは困ったものだ。もともと国家は一定の仕切りの中に存在するものだから、隣り合わせた国家との付き合いは、特に何が無くとも平穏であってほしい。

それが、中韓露とも島嶼の領有権を巡ってかなりギスギスしている。ロシアと争っている島はかなりの広さで、ロシア人がそれなりの多数で定住しているらしいから、人間社会を受け入れる余地があるのだろう。ところが中韓との争いの原因になっている尖閣や竹島は本来無人島である。無人の島を領有していても一文の価値も無いと思うが、領海の線引きと関係してくるので地下資源や漁業権との関係で、国の富みと関係が生じるらしい。

先の大戦に敗北した日本は戦勝した連合国に対する降伏条件として、今後領土は日本列島を構成する北海道・本州・四国・九州の四島とそこに付随する島のみを受け入れたと記憶する。きっと当時は、尖閣や竹島なんて世界中の誰もが問題にもしていなかったのだろう。「だからどうでもいいじゃないか」なんて言うと、この非国民野郎メと暴行されかねない。

非国民序でに言えば、沖縄について、昭和天皇はマッカーサー占領軍総司令官に対し、委任統治をずっと続けるよう要請していたようだ。それを佐藤栄作総理が、国内の繊維産業を全て廃業に追い込まざるを得ない程の一大決心をして、日本国に取り戻している。その結果日本にはどんなメリットがあったのだろうと思わざるを得ない。沖縄が現在のグアム島のように米国の委任統治になっていないのは何故だろう?

何事も損得で考えるのは嫌いなのだが、このことはいつも心に引っ掛かってしまう。もっとはっきり言えば、沖縄が返還されたことで軍事費負担を軽減されて得しているのはアメリカの国民で、その分日本が負担を背負い込んでいるように思えたならない。遠い親戚に終戦時サイパン島に移住していた人が居た。お父さんは戦死し、母と息子一人に娘一人で引き揚げてきて、暫く同居した家族がいた。余談になるが、その息子さんが警察予備隊に入ったのには子供心にびっくりした記憶がある。昭和20年代はそれだけ就職先が無かったのだろう。

このように終戦時に海外(敢えて書くが)の日本領土に住んでいて、どうしても日本人あることを捨てきれなかった人は、伝手を頼って本土に引き上げてきたのではなかろうか。沖縄は明治になるまで薩摩と清の双方に朝貢していた独立した島で、住民も本土との縁が濃い人は少なかったかもしれない。従って終戦時に沖縄から引き揚げた人の話は余り聞かない。但し、沖縄の人が日本復帰をどれほど望んでいたかについても知らない。

難しそうな話なので、軽々に論じてはいけないと思うが、このところの議論で、共産党中国は覇権主義の塊であり、韓国も日本に対する怨念で凝り固まっている。少し距離を置いて、広い世界だからもっと他の国との連携、進出を検討すべきとの意見が多くなっている。同時に自民党辺りからは、領土を守るためには、法制の強化は勿論だが海兵隊の創出まで公然と語られるようになった。

愛国心にケチを付けるつもりはないが、少しばかり厭な気分だ。

2012年9月28日金曜日

自己目標 中期と長期の差

三つ子の魂とさえ言われるのに、この年齢になっての自己改造は不必要でもあり出来ないだろう。先が短くなると、ますます自己中心となり将来を考えるより過去を振り返る時間が長くなる。これまた当然で、ブログもますます退屈なものなるのをご容赦願いたい。まさか三つ子の頃からではないが、過去を振り返って思うのは「何をとっても中途半端だったなぁ」だ。

人の生涯年齢は個人差があるが100年生きる人は稀である。この短い年月に、人類の為にであったり個人的満足を得る為にであったり、それぞれ目的は異なるにせよ、一定の事を成し遂げる人は多い。少年にして大志を抱き、志を果たして別世界に旅立った人はさぞハッピーだろう。一方事の善悪や幸不幸は別として、大層な志も無く何となく毎日を過ごしているのは小生だけではないだろう。

若い時から生涯を貫く目標があるに越したことはないが、無いのも考えようでは気楽で善いものだ。では毎日が全く風のふくまま気の向くままかと言えばそんなことはない。小生でも毎日を生きていく上での精神的拠り所として一寸した目標は常に持っている。但しその目標は精々1年か長くても5年止まり程度でしかない。

何事も一つの事で人並みになるには最低10年は辛抱することが必要、とよく聞かされた。確かにその通りかもしれない。省みて思うに10年続いたことは一つも無いような気がする。強いて言えば、社会に出て最初に入った会社でサラリーマンを25年間辛抱した事くらいだろう。しかしこれとて普通の人は30年以上辛抱するのが当たり前だから、人並みに辛抱したとは言えない。

最近では、近くのプールに通い始めてそろそろ10年が近づいているようだ。お陰で、最初の頃は夢のようだったが、最近はクロールで1000mやっと泳げるようになった。細やかな満足感はあるが、だからなんだと言うのだ。自己実現だ達成感だと自慢出来るほどのことでもなさそうだ。
何をするにも辛抱とか努力が嫌いなたちである。

最近と言っても2004年の秋に思いついて始めた山登りも、この10月で9年目に入る。北アルプスに足を踏み入れたのが丸6年前の9月だから、こちらは7年目になる。飽きっぽい割にはよく続いた方だ。何でもそうだろうが、5年も似たような事をしていれば、そこそこになるものなのかもしれない。最近は山に行っても、同宿の人と一丁前に話を合わすことができるようになった。

プールに行くのも山に行くのも急にやめるつもりはないが、これらも又いつもように中途半端で脇に置く時期かもしれない。そろそろ何か他の楽しみを考えてみたいものだ。

2012年9月27日木曜日

たまには少しだけ昔のことを

お彼岸を過ぎてめっきり涼しくなった。つい先日までのあの残暑の厳しさが嘘のようでもある。来週には山から紅葉の便りも届き始めるだろう。少し前の苦しさを忘れさせてしまうこの季節の変化は日本の特徴であり、国民性にも少なからず影響を及ぼしているのではと思えてくる。このところ物忘れがひどいので、国民性にしておけば気が楽だ。

昨日と今日の間には境目も無く、そんなに変化を感じる筈も無いが、1週間、否3日でいい、後ろを振り返った時に遠い昔のように思える事が間々ある。世界中からネタを仕入れて垂れ流し続ける報道に日常接していると、頭の中は小川のせせらぎ状態で、透明な情報がただ流れているだけ。記憶とか思考とは何の関係も無くなってしまっているようだ。

昨日の自民党新総裁の誕生について多少の違和感を感じることがあっても、数年前の記憶を呼び起こして、今彼が喋っていることとの矛盾を手厳しく追及できないのもそのせいだろう。古い新聞は処分され読み返されることはないが、個人的にはこの日記を読み返すことがたまにある。昨年の9月27日を開いてみたら、小沢一郎秘書3人の1審判決が出た翌日だったらしい。

小生同様多くの人にとっては何世紀も前のことと同じだろう。偶々昨日は小沢氏検審裁判の2審が結審したとの報道がある。自民党総裁選の陰で扱いは小さいが、検察役弁護士が提出した証拠が全て裁判官に棄却されてしまったようだ。小沢氏側の弁護士は2審に控訴した意味が無いと怒っている。まさか意図的ではあるまいが、小沢氏側に有利と思われるこのニュースの扱いを小さくするにはもってこいの日だった。

兎に角マスコミによって操作されている「世の中」は確実に舞台が代わっているのだ。安倍氏の罪も過去のことなら小沢氏の正邪も過去のこと。今更喩え白であっても、彼の政治生命は正に覆水。盆に戻ることはない。時を同じくして福田元総理の引退も発表された。嘗ての部下のもとで「1兵卒として働く」なんて言わないのは偉いと思う。思えば福田氏は自民党の中ではかなりまともな政治家だったような気がする。

福田と小沢、あの時大連合が実現していれば、今日のような小学校の生徒会状態にはならなかったかもしれない。そんな事は言っても詮無いこと。せめて、民主党も生活も総理経験者は福田氏を見習ってバッジを外してもらいたい。少し昔のことを思い出して、今の世を嘆いてみたが、詮無きことだ。所詮舞台を去ったらそれまでのこと。役者が代わっていくのは歴史の必然、去りゆく者が文句を言ってはいけないのだろう。

2012年9月26日水曜日

「国難」

先日の民主党代表選挙を「まるで葬儀委員長を選ぶような」とテレビで表現した人がいた。選挙は結果を見て知っているだけで、開場の雰囲気は知らないが、結果から見て実にうまい表現だったと思う。逆に今日行われた自民党の総裁選挙は、後半の決選投票から実況中継で見てしまった。全国に何万人の党員がいるか知らないが、そんなにびっくりするような数ではあるまい。

数だけで言えば共産党員や公明党員の方が多くても不思議はない。念のため調べると、3年前のデータしかないが自民党員が100万人強、共産・公明が約40万人、民主党が30万人弱だった。痩せて枯れても組織力では自民党が圧倒している。今回の総裁選で有力候補だった石破氏がテレビ朝日の「やじ馬テレビ」に先週出演した際、女性弁護士のコメンテーターに「ところで自民党の目玉政策は何ですか?」と問われて「それが問題なんです。」
と言葉を濁したらしい。

政策的な内容が有ろうとなかろうと、又どのように揶揄されようと、民主党代表選と比較してこちらは華やかである。安倍新総裁の挨拶を聞いていると、神輿の宮出しを思わせるような勢いがある。裏でAKB48のプロデューサー秋元 康が演出振付けをしているかのようだ。日本が民主党と言うとんでもない集団に取り込まれるている。これが正に国難である。そこで日本を民主党の手から自民党に取り戻し、日本を救うのだそうだ。

極楽トンボ故に祖国が「国難」に直面している認識はとんと無い(強いて挙げれば311の震災被害と福島原発事故か)が、お祭りは派手な方が善いだろう。殆ど意味不明な「国難」を奉じてこれだけ野党の存在をアッピールした演出力には敬意を表する。マジな話、我が目で民主党と自民党を比較してみると、似たような「国難」が並んでいるようにしか見えない。次期総選挙の結果を見てからのことになるのだろうが、「救国」の結果がどのように表れてくるのか。

政策の違いを知らずして云々できないが、過度の期待はしてはいけないだろう。

2012年9月25日火曜日

昼酒に酔って

ブログ友達と会って珍しく昼からビールとワインを飲んだら少し酔ってしまったようだ。本質的にアルコールには弱いのかもしれない。違う職種で人生を過ごしてているが、同世代でもあり世の中の見方も似ている。互いに現代の政治には大いに不満であるが、自らどうにもできないやるせない思いも共通しているようだ。次の選挙がいつになるか分からないが、投票する人が居ないのも全く同じ。

我が家は共々連れ合いの名前を書くことになりそうだが、彼は飼い猫の名前でも書くことになりかねない。彼の希望のように、いっそ自公民合わせても過半数いかなければ面白いが、幾ら小党乱立とは言えそこまでひどい混乱にはならないだろう。世論調査における数字で、支持政党無しが全て自公民以外に投票すれば論理的には起こりうる話である。自民党が総理を出すことになるのだろうが、そこで世の中どうなるか、老人二人の掛け合いだ。

民主党は曲がりなりにもアメリカに少し抵抗する素振りがあったので、日米関係は多少改善されるかもしれない。となると、原子力政策ははなからゼロにはしないと言っているのだから問題無しだ。オスプレイ訓練への反対は当然できないだろう。結局日本のどこかで事故が発生して訓練が中止になるまで、訓練飛行が続くだろう。TPPは勿論参加することになるだろう。問題は日中や日露関係だが、ますます悪化すことになるだろう。

経済については、政治家なんぞに分かる話でない事は昨日書いたばかりで、政権が代わって良くなるくらいなら誰も苦労しない。無駄な公共事業が増えることが国家国民の為ではなく、特定の利権集団に恩を売るだけであるのは多くの人の認めるところだろう。結局何も変わらない、否、現状より更に混沌として悪くなるのでは。残念ながら酔っぱらっても、明るく景気の良い話にはなってこない。

第一まともな神経の持ち主は政治家になんかなりません。なるほど自民党総裁選の候補者全員が家業の後継者ばかりですね。大阪の橋下市長のもとに集まった維新の会の面々も、化けの皮が剥がれて選挙が来年になれば当選は10人台ではとの見立て。小生も維新の会については不純さを感じて不愉快なので、是非そうであってほしいと思う。

一見まともそうな人に見える官邸周辺に集まる反原発デモの参加者も、やはり少し変わっている人が多く、まともそうな人は少ないそうだ。こちらも昼日中から酒など喰らっておだを上げているのだから、あまり人のことを言えた義理ではない。そもそもアメリカの占領政策を彼らが思う通りに実現させてしまったのは我が世代である。考えると実に罪深きことだ。

2012年9月24日月曜日

読後感「日本経済の真相」高橋洋一著

「経済ニュース」は嘘をつくと副題がついている。今年の1月に出版されている。独特の編集で、とても経済の専門書とは言えない。素人向けに噛み砕いて書かれて読みやすく、経済音痴の自分にはとても役にたったと言える。3章22項目で構成されるが、1項目毎に先ず俗論が書かれ、その後に真相のタイトルが書かれている。

著者は冒頭に嘘か真か「私はもう15年以上、新聞をまともに読んでいない。その私が何故「日本経済の真相」を知っているのか?」と書いている。経済学者として、要約・省略されたニュース報道に頼らず、常にオリジナルデータを読みこなしている自負があるのかもしれない。例えば、政府の予算。正式な予算書は2千ページに及ぶものであるらしい。マスコミは役者が作る50ページほど(実物の3%)の書類をもとに記事を書く。

そこで書かれる記事は当然ながら役所にお誂え向きの俗論を生み出すことに繋がるそうだ。どれも面白いが、例えば「日本は財政赤字で破たん寸前」とか「復興財源の確保には増税もやむなし」と言った著者の出身母体である財務省が画策するデマを暴こうとする意図が明解である。第1章に著者が常に主張する円高対策、即ち貨幣供給量を増やせば問題の解決可能が力説強調されるが、この辺は学者によって諸説別れるだろうからどこまで信じられるか?

最終章は「2012年以降をどう生きるか」とあり、その中に「経済の知識を資産運用に生かせないかと考える人は多いが、それは難しい」著者自身が認めている。そして最後のあとがき的に「これから起こるだろう」と書き加えている。勇気ある発言と思うが、その第1が消費税増税法案で国会審議が行き詰まり野田内閣退陣、総選挙となっている。第2が「ユーロの崩壊」第3が「オバマの再選」第4が「日銀法改正が政治日程にのぼる」

相当頭がよくて、日本維新の会でも顧問的なポストにいる人のように記憶するが、こんな人でも僅か9か月前にはこんな予測をしていたわけだ。学者でさえこうなんだから、何も勉強していない政治家なんぞに経済の事を聞いても無理に決まっている。

2012年9月22日土曜日

秋分の日

「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったものだ。今朝は珍しくタオルケットを肩までかけて寝ていたし、昼間街を歩くと薄手のカーディガンを羽織った女性が大勢いた。朝食の時に婆さんが持ち出してきたのは来年のカレンダー、孫の為に生協で4文字熟語のものを注文してあったらしい。それがもう配達されたようだ。長い夏だったが日は確実に短くなってきている。これから一気に秋に向かって季節が移っていくことだろう。

今年はお盆も墓参をさぼってしまったが、今日もまた同じだ。先週は山にいたので2週間ぶりにプールに行くと妙に空いている。顔馴染みの爺さんが言うには「お彼岸のせいだと思うよ。」とのこと。宗教心薄い国民と言われるが、そんなことはない。仮に墓参りに行かず、家族連れでデパートやファミレスに行ったにしても、亡き人を一瞬でも思い浮かべたり話題にすれば、それも立派な供養だろう。

今日は夕食後のデザートにきっとおはぎが出ることだろう。それでお茶をすすりながら親父やお袋の思い出話をする事にしよう。

2012年9月21日金曜日

茶番と言われて怒る前に

民主党の新代表が予想通り野田氏と決まった。得票率が60%足らずなので、今後の党運営が大変らしい。間もなく自民党も新総裁が決まる。こっちは何故か谷垣前総裁があっさり立候補を取りやめてしまったが、それでも5人も候補者がいる。婆さんに言わせると「帯は勿論、襷にも短い人物ばかり」だそうだ。

思うに、日本は結構な国だ。国政を担うべき政治家連中は挙げて国事を投げ打ち、己と属する党派のことのみに血道上げて騒いでいる。マスコミはその騒ぎを連日取り上げているが、誰が党首になればどんな変化が生じるのか、
責任ある予測を聞いた験しがない。要は誰が党首になろうと党を構成するメンバーが変わる訳も無く、次の選挙で与党民主党は第一党の座を滑り落ちるのは既定路線。

代わりに自民党が第一党になるのも必然とされている。これとて政権運営と言う点では現政権と50歩100歩、一党で過半数を確保できないことが明らかだから、ひょっとすると現政権以上に混乱しかねない。国民の一人として感想を言えば、将来どういったところに連れて行かれるか、相変わらず不安を禁じ得ない。国家を乗り物に例えては失礼だが、乗り合わせているのが車であれ船であれ随分ぼろで、操縦士もナビも随分不慣れな奴ばかりといった感じだ。

小生のように年を取ってしまうと、先行き漠たる不安は感じつつも自ら現状を打破しようとの意欲に欠ける。毎日、今日と同じ程度の健康を明日もまたと只管祈るのみだ。若い人にも似たような諦観があるとすると問題かもしれない。しかし、政治家が国難だとか日本が沈没するとヒステリックに騒ぐのを聞いて、「まさにその通りだ。現状を打破しよう。」と奮い立つ若者がどのくらいいるだろうか?

勘違いしているかもしれないが、そんなに多くはないような気がする。日本はやはり裕福な国で、我々はそこでぬくぬくと暮らしているし、そこでから騒ぎしている政治家も認識の甘さは同じようなものではないだろうか。唐様で書く三代目みたいもので、本当の危機感を持ち合わせているようにはとても思えない。多くの先人が残してくれた遺産を食いつぶし、屋根にぺんぺん草が生えて訪れる人もいなくなる前になすべきことはなにか?

平たく言えば、政治家諸氏にはもっと常識的な人間になってもらいたい。選挙で選ばれた事で特殊な人間と勘違いしていないだろうか?20数年前のバブル時代がいい時代だった、あの夢をもう一度なんて言わずに、今現実にある資源(人・物・金・情報)の有効活用について論理的に話せる政治家はいないものか。

2012年9月20日木曜日

浮き世か憂き世

暫し浮世を離れていたので、未だに新聞やテレビをまともに見る気がしない。ちらっと見ても1週間くらいでは世の中何も変わっていないじゃないか。しかし身近なところでは留守の間に大分大きな変化があった。帰宅して聞くと婆さんの従妹のご亭主と、昔ご近所に居て子供同士が小中学校時代仲良しであったことから親しかった友人が立て続けに亡くなったそうだ。

従って折角亭主が留守にしてくれたので、久しぶりにのんびりと思った当てが全く外れてしまったとのこと。葬儀は1軒が青梅でもう1軒が町田の外れ、何れも親しい人だったので通夜と葬儀の両方に参列しなければならなかった。婆さんにとってもまるでトレッキングをしていたようなものだったらしい。普段履いたことのないヒールで歩くのも大変だが、ずっと腰かけているのも苦痛なんだそうだ。何と言っても我が家は旧式で椅子と言うものが無い。

特に1軒が神道だった様で、この通夜や葬儀の様子を聞くと不謹慎だが面白い。何でも祝詞(葬儀でもこんな言葉が当たるのかな?)の度に立ったり座ったりさせられるのが大変だったとのこと。それに通夜の演出らしいが、一斉に灯りを消す瞬間があったらしい。その中で神主さんが例の調子で「畏み畏み~~」とおどろおどろしくやったものだから従妹の孫たちが「お化け~」と怯えてしまって、笑う訳にもいかず苦労したそうだ。

亡くなった二人は何れも我々より年下、世の中そう簡単に変わりはしないと、安閑としていてもいつ自分の番になっても不思議はない。どうしても身近な話題に感じてしまう。葬儀は面倒かもしれないが、神道は戒名が不要なので、その分経費が助かりそうだとか、町田の斎場は市営で焼き場が施設内にあるので合理的な上に費用も安いらしいなんて話で盛り上がる昨今である。

2012年9月18日火曜日

飛騨、信州をまたいで越中へ


1週間近く出掛けていたが、帰ると東京はまだ残暑が続いている。でも流石に昨夜は山旅の疲れでゆっくり休むことができた。暫くニュースも気にせずにいたが、こちらも残暑と同じ相変わらずの構図で下らないと思うばかりだ。
今回は当初5泊6日の計画を立てて山に入ったが、歩き始めて「無理は禁物、ゴミと命は山に捨てないように」を噛みしめて4泊5日山旅+富山で一泊骨休めに変更した。

それでも初めてのロングコースで、頑張り切れるか心配が無いわけでもなかったが、お天気も身体も思いのほか快調で素晴らしい思い出づくりとなった。山旅の詳細は下記URL「ヤマレコ」をご覧いただきたいが、下山後に立ち寄った富山市郊外のスーパー銭湯「満点の湯」と新富町の和風居酒屋「季の香」(東横イン宝町のすぐそば)の双方とも大当たりで、富山で安くて旨い酒と肴を食って旅の最後を締めくくることになった。

http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-225448.html

2012年9月11日火曜日

俗世の混迷はいつまで続くか

明日から6日間山に行くことにしたのでブログも暫くお休みにする。英気を
養って、来週から気分を一新して書けることを期待したい。とは言っても日
本の現状は酷過ぎる。週が明けても、国政が停滞する中でメディアは政界
の混乱が一層深まっていることを芸能ニュース張りに報じているに違いない。
今日もNPOの仲間と話をした。政界がこうまで混乱すると官僚天国かと思
ういきや、官僚も意欲を失くし真面目に仕事をしなくなるのだそうだ。

確かにそうかもしれない。少数であれ思いを共有して評価してくれる人が居
ればまだしも、上に立つ政治家は誰一人国を思うことなく独りよがりの勝手
を言っている上に、メディアも何かにつけ官僚叩きをして喜んでいる現代は、
優秀な人材が去り、また優秀な若い人も入ってこないのが理の当然。劣化し
ているのは政治家だけではないらしい。

与党民主党の代表選に躍り出た4人さん、現役の総理は己の来し方から将
来を見据えた意見を述べるのは当然だろうが、後の3人は党のありようをほ
ぼ全否定している。我こそはその間違いを修復して党の再建を図ると述べて
いる。法律でも何でもない3党合意なるものは一体どうなるのか?ひょっとす
ると消費税率引き上げまでチャラになってもおかしくない。

一方の自民党総裁と言えば、つい最近までは絶大な権力を持つ人の代表の
ような存在であった。これを3年も務めた人が数人の派閥長老によって、簡単
に総裁選から引き摺り下ろされてしまう。そして同じ執行部から幹事長職に
あった人がその隠居に押されて立候補する。3党合意をしながら、それを否
定する総理大臣の問責に賛成した谷垣総裁の分かり難さどっちがどうか。

メディアはそのすべてを断片的に面白おかしく報道するのみ。何度も言うよ
うだがAKB48の総選挙と同じこと。そこからは当面、中、長期を見据え
た国の方向性に関する問題意識、解決のための手順と方策が解説されるこ
とは先ず無い。あるのは全てスローガンとキャッチフレーズのみ。主義も主張
も全てに論理性は一切無くて、ある意味パチンコ屋の宣伝(このタレントや
キャラクターがパチンコとどういう関連があるか、不思議思う事がありませ
んか)と同じにしか思えない。

メディアの悪口を書いているつもりが、維新の会の悪口に取られそうだが、
どちらにしても同じこと。1年半前の大災害以来我が国の混乱を見ていると、
どうしても全てのことで「絆」がズタズタになってしまっていることに気付
く。そのくせメディアにはこの一文字が踊ることが多いので益々うんざりで
ある。政界の混乱なんぞ「覆水盆に返らず」とか「破れ鍋に綴蓋」の格言が
ぴったりだろう。

2012年9月10日月曜日

今週の予定

毎朝5時半から6時ちょっと前までに目覚めて、布団の中からテレビ朝日を見ることが何となく習慣となっている。特段の理由もないのだが、5時50分から10分間コンパクトなニュースがあるので便利でもある。その直前には星座別のその日の運勢がある。こんなものを気にしてはいけないと思いつつも、気になる日もある。

今朝は珍しく目覚めが遅くて、テレビのスイッチを入れたら丁度6時になっていた。土曜日少し夜更かし(ネット囲碁で熱くなり就寝が0時近くになっていた)をしたつけが回ったみたいだ。7時間半睡眠を取るとさすがに起き抜けが爽やかだ。暑さでだらけていた身体がしゃんとなって軽い感じがする。
朝食をしながらそんな話をしていると、「今度の3連休はどうするの?14日に娘の誕生日を母が祝ってくれるので、私は実家に行かなければなりません。」

言われて「もうそんな季節か、今日は調子もいいので山行きの計画でも立てるか。」と答えると、婆さん「今日調子いいって変ね、今日の占いは牡羊座が最低よ。」折角遅く起きたので見ないで済んだのに、言わなくてもいいこと言ってくれる。でもすぐに、朝から山に持っていく食糧や、装備の必要なものについて早速いろいろ質問しながら準備に取りかかている。

今日は月曜日でもあり、最近関わり始めたNPO関連の仕事も結構あるので、明日から出かける訳にはいきそうにない。夕方NPOの仲間に今週後半休むことを宣言したので、事務所に帰って早速計画を練り始めたところだ。明日の午後から少し暇ができそうなので、明日一杯で計画を立てて、明後日には出掛ける予定。目指すは憧れの黒部源流方面。今日は1万2千歩以上歩きまわったが、不思議に足が軽い。あとは台風が来ない事を祈るのみだ。

2012年9月9日日曜日

お国自慢の花火

この週末はわが町の氏神様長崎神社の秋祭りである。夏の終わりというか秋を感じさせる時期の設定なので雨が降る年が多いが、今年は昨日の朝少し降っただけで真夏の暑さが続いている。葭簀張りの仮設寄合所がすぐ近くにあるので、神輿や太鼓が並んでいる。朝から浴衣がけのお年寄りが屯して、子供たちが太鼓を鳴らして遊んでいる。

昨日の夕方には神輿を見物、若い衆が汗びっしょりになってワッショイワッショイと威勢よくやっていた。家には新しいお札と紅白のお饅頭が配られていた。長年サラリーマン生活を言い訳にして町内のことは全て婆さん任せなので申し訳ないが、こういった行事で近隣が纏まるのは日本の善い風俗だし、本当はもっと積極的に参加すべきなんだろう。

我が町内の祭りは縁が無いが、祭りと言えば花火を思い出す人も多いだろう。故郷の長野では11月の末にえびす講の祭りがあって、この時冬の夜空に打ち上げられる花火が懐かしい。一昨日高校の同窓会で花火まつわる面白い話を聞いた。高校の同窓会は年に3回開催され、毎回卒業生の誰かが講演をしてくれる。今回は7期後輩で東大工学部の燃料工学科を卒業された先生が話をしてくれた。

東大の教授はもう定年になっているらしいが、現在でもJAXAなんかで後輩の指導に当たっておられるようだ。小惑星探査機「はやぶさ」帰還の裏話でも聞けるかと思いきや、何と話の殆どが花火の話。ところがこれが結構面白かった。花火大会のテレビ中継を見ていると、これは良いとかいまいちだとか専門家の解説がある。この判断基準がよく分からず、主観的審美感によるものとばかり思っていた。

ところがそうではないらしい。講師の先生は花火業界の偉いさんも兼ねていて、審査員になる機会が多いとのこと。審査には科学的に厳密な基準があるらしい。故郷裾花川の河原には花火工場があった記憶があるし、新諏訪の友人からは秋祭りが近づくと、畑で花火の仕込みをした話を聞いたものだ。兎に角花火師は、紺の法被に腹掛けと手拭いを頭に巻いている小父さんとの印象で、東大の先生とはイメージが結び付きにくい。

しかし日本の花火師はそれこそ世界に冠たる存在で、その東大の先生ですら一目も二目も置いて尊敬するものがあるらしい。日本の打ち上げ花火は球形をしているのが特徴で、外国は全て円筒形とのこと。この球を円筒形のに入れ、下に爆薬を置いて打ち上げるのだが、尺玉になると330メートル位の高さにまで上がるそうだ。

その頂点に達した時に爆発しないと、本当の円にはならないので、導火線の長さを調整する必要があるらしい。現代では打ち上げなんかはパソコンを使ってリモートで操作をすることになってきているようだが、花火の制作、特に花火に埋め込む導火線の長さと打ち上げ火薬の量については、やはり長年の経験がものを言うらしい。他にもいろいろびっくりするような話の中で、印象深かったのは、スーパーコンピュータと経験の差についいてだ。

日本はコンピュータ先進国でもあり、最近はロケットの打ち上げやスバルの帰還でも世界的評価を受けている。事実講師もスパコン「京」のお世話には随分なっているが、線香花火の現象一つとっても、これで解析できないことが未だまだ随分あるとのこと。因みに長野花火師(会社)は日本に鳴り響いているとのこと。お国自慢は聞いていて楽しいものだ。

2012年9月7日金曜日

婆さんは子や孫どもに「夢なんか寝てみるものだ。普段は夢なんか追ってはいけません。」と何かにつけ言っているらしい。夢の無い話だが、特に優れた才能も無いのに現実離れした事を考えさせないのも一つの考え方だろう。夢を追わなきゃ性格が暗くなると言うものでもなさそうだ。お陰で子も孫も明るい性格?否、能天気なのかもしれない。小生もどちらかと言えば楽観主義で、夢も追わない代わりに将来について余り深く考えない。

何度も書いているが「なるようになる、食うに困っても死にはしない。明日の百円より今日の十円が大切。」で70有余年を過ごしてきた。若い時は気ままと言うか我儘と言いうべきか、会社を何度も変わったりしたが、無事年金の未納も無く年金生活に入ることができた。最近は月々の収入が年金だけなので、さすがに少し寂しさを感じる。しかしこの期に及ぶとしたい事、食いたい物、買いたい物が殆ど無いのも事実。

したいのは山歩きと友人たちとの集まりに顔を出すこと。これには少しお金が必要だが、山歩きはお金があっても体力の都合やお天気の都合で、そう頻繁にできるものではない。友人との集まりにしても、学生時代の同期会は高くても1万円止まり。1年に5回は無いだろう。個人的な会食は月に一度あればいい方で、その殆ど昼食のまあ3千円がいいところかもしれない。今年度の初め婆さんに「月額約20万円ほどの年金だから、これからは半分ずつにして使おうぜ。」

彼女あまり良い顔しなかった。考えて見りゃ家の掛かり一切とこちらの朝夕の食事代を含めて10万円で、原則昼飯だけのこちらが少し少ないとはいえほぼ同額では不公平かもしれない。もう半年経つが、年金を全額家に入れることも考えなくてはなるまい。そうすると、こちらは手元にある僅かな貯えを日々取り崩して余生を送ることになる。確かに間もなくこの世にお暇する人間が、僅かとはいえ預貯金が残っていても仕方がない。

そんな事を考えていたせいか、昨夜夢を見てしまった。何と自分の葬式に自分が参列しているのだから何とも不思議だ。夢なんか滅多に見ないように思うし、見ても記憶に残る事は先ず無いが、余りに変な夢なんで未だに記憶が残っている。これって何だろう?

2012年9月5日水曜日

無責任放談

やっと朝晩は少し凌げる気候になってきた。子供たちの夏休みも終わったので街も少しは空いてきている。昨日は久しぶりでブログ仲間のご同輩と池袋で昼飯を共にしながらゆっくりしたひと時を過ごした。暇な爺さん二人が昼間からビールを飲みながらおだを上げているのだから、内容が些か無責任になるのは仕方がない。話題の中心はやはり政治が中心だった。会期を残して休業状態になった国会は議員が理由も無くストライキを打っているのに等しい。

お陰で国は予算を執行するお金が出来ないらしいね?折角の機会だから放っておきましょうよ。金が無くて苦労するのは我々だって同じじゃないですか。
お金が無きゃ使わなきゃいいんだから。政党助成金なんかは勿論、歳費も何もかも支払いはストップだね。国家公務員の給料も支払えないなら払わなきゃいい。嫌になって辞める人間が出るだろうから、自然にリストラが出来るじゃないですか。

地方交付税?国から金が来ないとなれば自治体首長の腕の見せ所、独自に税金を取る事を考えるとか、好きにやらせりゃ善いでしょう。いっそ年末までこのままの状態に置いて、何がどうなるかを見てみたいのですよ。政治家の存在なんて意味があるのかないのか、さっぱり分からなくなっているのが偽らざるところでもある。その連中が本業をすっぽらかして代表選だ、やれ総裁選だと騒ぎはじめていますね。

名前の挙がってくる連中を見てると、まるでどこかの中学校の生徒会長選挙にしか見えないね。私は小泉進次郎も立候補すればいいといつも言っている。それだけこの数年で与野党共に政治家の質が劣化したということか。きっかけはどう考えても小泉純一郎で、彼が安倍晋三を指名してから日本の政治が急速な質的劣化が始まった。森とか古賀あたりが数少ない政治家に見えてくるからおかしなものだ。

言いたい放題の馬鹿話(上記の文責全て私)の結果、「小沢一郎に一度総理をやらせたかった」で意見の一致を見た。帰宅してこの話をすると、我が家の婆さんが一風変わったお人で「私も同意見よ。」との事で大いに盛り上がる。「但し、女性(おばさん)の間では極少数派であることは間違いない。
圧倒的に人気が無いのは理由がはっきりしている。先ず顔がよくない。次に珍しいほど喋り方が下手くそ。内容はあってもあれでは通用しない。」

「それに、普通の政治家はカメラの前で森羅万象知らざること無しで、1知っている事を5にも6にも膨らまして喋るが、彼の場合10知っていても1か2ぐらいしか喋らない。馬鹿を相手にしないと言う態度が見え見えに過ぎる。」確かに仰る通りだ。「そう言えば、中国の次期国家主席と言われる習近平は、昔小沢一郎の家に1か月近く滞在していたことがあると聞いたよ。」と話すと婆さんも初耳だったらしい。

2012年9月3日月曜日

国会議員のお仕事

国会は会期を1週間以上残してお休み状態になっている。報道は自民党総裁選への立候補者を追い回している。国民との約束を果たさなかった与党民主党の揚げ足を取って、仕事をさせないで選挙を実施することが国益らしい。この主張にマスメディア全体が乗っかっているようなものだ。週刊誌どこかが、少し前にAKB48の前田敦子の引退をNHK夜9時のニュースが取り上げたことを非難する記事を書いていたように思う。

気持ちは分からないでもないが、所詮テレビなんてその程度のものと思うしかないのだろう。自民党総裁選挙絡みでも「国益」はしょっちゅう使用される。国益とはなんだろう?同じように考える人は少ないかもしらないが、訳の分からない国益なんかより、俺の生活がよくなる様にしてほしい。どうもまた非国民呼ばわりされそうだが、本音である。

昨日のテレビ「時事放談」で民主党の長老藤井裕久氏が「赤字国債発行法案」が店晒しで国会が休業状態に入ったことに関連して、「政党助成金を止めるべき」と当たり前のことを言っていた。こういう事態になると決まったようにメディアに対して、議員歳費のカットとか聞こえの良い事を言う議員が続出するが、そういった事が実現した試しも無い。テレビ出演出来る議員の全てがパフォーマンス、見せ掛けだけである。

テレビ出演の声が掛からない議員は、多分国元に帰って必死に仕事をさぼっている言い訳に歩いているのだろう。どいつもこいつも2度と国会に戻って来るなと言いたくなる。一方全くのど素人が大挙国会を占拠するのも考えものだ。橋下徹大阪市長の呼び掛けに応じた素人衆が如何程国会に登場するのか。横山ノックさんが知事になる土地柄だから、関西では結構な人数になりそうとの声もある。

こうなると、本当にどうでもいいから行くところまで行ってみろとやけっぱちな気分だ。自民党総裁選もAKB48の総選挙も同じこと。文春の総理なってほしい国会議員では小泉新次郎が一番人気なんだから立候補しろよ。民主党代表戦も負けずに大勢立候補して、テレビや新聞雑誌にネタを大量に提供するがいい。少なくとも小学校の学芸会を楽しむような気分にさせてくれるだろう。今月の数週間、娯楽の提供が国会議員最大のお仕事になるだろう。

その騒ぎの後に来るものは何か、想像すらできないが、何も期待しないのが無難かもしれぬ。

2012年8月31日金曜日

企業の寿命 がんばれニッポン

嘗て堺屋太一氏が企業の寿命30年説を唱えていた事がある。内容を正確に覚えているわけではないが、大抵の企業は創業から30年もすれば衰退が始まるので、就職する際は今人気の企業より、自分が好きになれそうな職種と企業を選べと言う説だったような気がする。その時はピンとこなかったが、企業の栄枯盛衰はもはや30年と言っていられないようだ。

法則的なものを当てはめるのは難しいと思うが、企業も人間と同じで長生きする企業もあれば短命に終わる企業があるだろう。創業は江戸時代はおろか鎌倉時代と言う話さえ聞いた事がある。確か宮大工さんの会社だったかな。きっと刀鍛冶とか指物師の店なんかも探せば古いところは沢山あるだろう。それはそれで目出度い限りだが、振り向けば己の会社なんかも丁度10年で廃業を迎えた。

自分では5年持てば御の字と思っていたので、これもある意味では望外の長生きと言うことにしよう。昨日から書こうと思っていたのは、家電メーカーシャープに関連してのことだ。何でも主力製品のテレビが韓国製品などの台頭に押されて業績が悪化、台湾にある下請け専門企業の支援を受けなくてはならなくなっているとのことである。シャープ製品を買った事はないが、1970年大阪千里山の万博に出展せずに亀山に工場を建てて、経営判断の健全性と先見性を賞賛されたのが印象深い。

その数年後小生も大阪勤務になってシャープには何度も足を運んだ。こちらの商売のネタが「広告」即ちインチキ臭いものなので、断られる度に上記の合理的判断を思い知らされたものだ。そのシャープでさえ今日の窮状を迎えている。そして同様の問題はシャープだけには留まらない。当時広告クライアントの頂点で眩しいぐらいに勢いを誇っていた松下電器産業(現在のパナソニック)ですら、似たような状況にあるようで、ものづくり日本全体が凋落傾向と報ぜられている。

何故起きるのか理解できない為替変動とやらで、このところ円高が続き、輸出で成長してきた企業にとっては皆苦しい局面らしい。それでも普通の企業経営者は政治家とは違い、環境の変化に対応して克服する術を日夜必死に模索しているだろう。だから「ものづくり」に限らず日本の企業と日本の経済は、そう簡単に潰れることはないと信じたい。自動車にせよ家電にせよ同業の多企業が存在する国は珍しいらしい。

最近の傾向で企業が苦しくなると、すぐに海外からの投資話が出てくるのが気になる。産業政策を牽引してきた役所が弱体化していることもあるらしいが、台湾あたりの下請け成金に縋ることなく、ここは国内で協力し合うなりして新しい方向に引っ張る人間なり企業ががでてきてほしい。国益云々をよく聞くが、政治家が大声を上げる国益のピントは全く外れている。

2012年8月29日水曜日

理解不能だ

未だ採決に至っていないようだが、今日は参議院で首相の問責決議が採決されて賛成多数となるらしい。これで会期を10日ほど残して今国会の審議が事実上幕となるとのこと。赤字国債発行のための法案も参議院での審議が出来なくなって成立しないらしい。予算案は成立していても国債が発行できずに財源が無いとなるとどうなるのだろう?国家公務員の給料が支払えないなんて事態になれば、それはそれで見ものだ。

問責決議案なるものも中小野党連合と大野党の自公から2通出されているらしい。前者は消費税増税を通したことに反対の意思表明で、後者は野田総理が解散の約束を実行しそうにないので、これを迫る意味で提出したらしい。
国会のことなど余りに馬鹿馬鹿しいのでまともにチェックしていないが、この場面で総理の責任を問うこと意味を理解できる人はどのくらいいるだろうか?

前者について言えば、成立してしまった法案が気に入らないとて、問責したからどうなるのだろう。後者は後者で、理由なんか何でもいいから選挙を早くしたいということらしい。だから、自分たちが成立させた法案を否定するような法案に便乗してでも、問責が成立しさえすればいいらしい。どう考えても正常な人間には理解不能のように思う。

全野党が一致すれば法案が成立するのは当たり前だろうが、問責されたら野田総理が解散に打って出る可能性は殆ど無いらしい。ここまで分かっていながらの大騒ぎは一体なんだろう。選挙選挙と騒いで何が面白いのだろう。選挙がいつあろうと、世の中変わりそうにないと思うこちらの頭が少しおかしいのだろうか。

話が変わるが、時々出てくるオスプレイなる飛行機の話。アメリカ本土では危険すぎて訓練する場所が見つからず、日本で訓練をと米国の偉い人が決めたらしい。昨日読んだ本からすると、日本は米国から見たら奴隷の国家らしいから仕方がないとしよう。しかし問題はこの訓練にあたるのは当然アメリカ海兵隊の軍人である。このパイロットに要求される資質について米国のある評論家がこう言ったそうだ。

工学博士並みの頭脳とオリンピック選手並みの体力や反射神経を持った自殺志望の人間。未亡人製造機と言われる所以だそうだ。国会でのバトルも分からないが、この訓練を自国民に認めてもらうために茶番を演じている防衛相とそれを取り巻く防衛省の幹部。皆戦後の立派な教育を受けた優秀な人に違いないのに、どうしてかくも簡単に宗主国の走狗になるのか。本当に理解不能である。

2012年8月28日火曜日

読後感「戦後史の正体」孫先享著

どこの書店でも店頭に大量に置かれているし、非常に多くの評論家が書評を書いたりコメントしている。今最も売れている本の一つだろう。著者の著書は何冊か読んでいるが、流行に敬意を表して読んでみた。高校生にも分かるように書いたと書かれている通り非常に分かりやすい。言わんとするところは1945年の終戦から現代にいたる我が国と米国の関係についてである。これはとても独立国同士の関係ではない。

終戦時に連合国代表で日本に進駐した米軍は、その後の世界情勢の変化で1951年サンフランシスコ条約で日本の独立を認めた形をとっているが、同時に旧日米安全保障条約が結ばれことで、他国の軍隊は撤収したが、日本における米軍の実態は占領時代と何ら変化していない。その後安保条約の改正はあった形にはなっているが基本的なところは何も変わっていない。常に米国に都合よく利用されてきているのが戦後の歴史である事を順序良く具体的に述べている。

先ずは日本が独立する時旧安保条約を締結した。当時ダレスは米国務長官「我々が望むだけの軍隊を、望む場所に、望む機関だけ駐留させる権利を確保する、それが米国の目標である。」と述べている。このダレスが決めた目標は、その後一貫して、日米の安全保障関係を支配している。これを根本的に変えようとした政治家は重光葵であり岸信介だが何れも成功していない。

そしてその日米安保体制が時間の経過とともに、日本がまるで米国の属国のようになってしまった理由が述べられる。即ち米国は日本の政治に対して或いは表から恫喝したり、或いは裏から画策して都合の悪い人物を排除してきたからである。日本の主たる政治家は米国のポチにならない限り長続きしないらしい。勿論検察やマスコミが何故にそうなったかについても改めてよく理解できた。

1945年9月2日日本が降伏文書調印直後、マッカーサーが最初に出そうとした布告が次の3か条であったことを私は初めて知った。そしてこの布告を無条件降伏にサインしたばかりというのに即座に撤回させた重光葵の働きを現在何人の日本人が知っているだろうか?
1.日本を米軍の軍事管理のもとに置き、公用語を英語とする。
2.米軍に対する違反は軍事裁判で処分する。
3.通貨を米軍の軍票とする。

朝鮮動乱の勃発や冷戦の終結による世界情勢の変化が米国にどのような影響を及ぼし、結果的に日本がどんなに救われているか。対米関係で日本の自主を勝ち取ろうとした政治家と、対米追随に終始した政治家が国民に対して何をしてきたか、認識を新たにしたことが盛りだくさんである。2代目3代目の政治家でも先祖の事績をどこまで理解できているか心配になってきた。
日本人必読書かもしれない。